世界の仲間たちと”この素晴らしき世界” | 難病を転機に30歳で会社を辞めカナダで社会人留学を決意した男の留学日記

難病を転機に30歳で会社を辞めカナダで社会人留学を決意した男の留学日記

目の難病(網膜色素変性症)により視覚障害を持ったことをきっかけに、
30歳になって新卒で8年半勤めた会社を退職。
思い切ってカナダ留学を決意した男のブログです。

先日の日記に書きましたが、
昨日で最初の学校生活が終了しました。

結果的に短い期間になってしまいましたが、
本当に楽しかった2ヶ月。


英語力ももちろん最初よりは伸びたと思います。
最初は全く聞き取りができず授業にもついていけなかったけど、
気がついたらしっかりついていけるようになっていたので。


でも、この2ヶ月の学校生活で言えば、
英語力の伸びよりも、

たくさんの異国の仲間たちを作ることができ、
ともに学び、遊び、飲んだこと、これが何よりも財産です。



そんな仲間たちと昨日は卒業パーティーat the pub!
80人近い学生と先生たちとワイワイ飲んでました。


実は、昨日、このパーティーでサックスを吹きました。
(午後のConversatioの授業でサックス持ってくる必要が
あったため、そのままパブにも持っていったのです、、、)


仲のいいサウジアラビア人が無茶ぶりで

「みんな静かにしろ!今からTAKAがサックス吹くぞ!」って。

日本でも数多くの無茶ぶりを経験してきたけど、
これは今まででナンバーワンだったかも(笑)。


大半の生徒は友達だけど、知らない先生もいたし、
何しろ80人ちかくいたのでさすがにかなり緊張!


Jazzの曲やろうかな、とも思ったけど、知らない子たちも
多いと思ったので、
僕が齢31の人生で最も愛する曲、

What a Wondeful World

を演奏しました。


歌声・曲はもちろんのこと、この曲の歌詞が本当に大好きです。


最初はかなり緊張していました。
が、演奏をしていると、回りの仲間たちが演奏に合わせて、
一緒に歌い始めてくれたのです。


演奏が終わる頃には、たくさんの仲間が一緒に口づさんだり、
ハミングしてくれて、
ベネズエ人、ブラジル人、フランス人、メキシコ人、韓国人、
日本人、
自分の周りの小さな世界が国を超えてつながった気がしました。


演奏が終わったときには、メガネをとって、
汗がびっしょりで顔を拭っていたわけですが、
実はその中には少し涙も混じっていました。


出発直前の日記にも書きましたが、
僕は極度の外人恐怖症で、英語も大嫌いだったこともあり、
結果として外国人と話す機会をできるだけ避け続けてきました。
そんな理由から海外旅行に行きたいとも思わず、
他の人よりも相当外国人に対しての恐怖心が強かったと思います。


そんな自分が今、たくさんの友達を作ることができ、
日本の友人たちのように気兼ねなくコミュニケーションできる。


最初の1週間、学校ではserious manと呼ばれました。
外国人とのコミュニケーションにも慣れず、
学校の授業にもついていけず、相当まじめに見えたのでしょう。


2ヶ月後、僕の形容詞は、friendly、funny、crazy
(ここでのcrazyはいい意味ととらえたい・笑)
に変わっていて、だれもseriousとは言わなくなってました。
最近は「最初の頃はだまされた!」と何人かに言われるくらい・・・


また、学校では色々な国籍の人とのコミュニケーションに挑戦しようと、
敢えてあまり固定メンバーとばかり一緒にいるのではなく、
(やはり同じ国同士で固まりやすい傾向はどの国にもあるので)
色々な人種の人と仲良くなろう、と色んな派閥に突っ込んで
いった
せいか、友達の数だけは他に負けないくらい、
たくさんの仲間たちと交流することができました。


そんなことを少し考えながら吹いていたので、
今、素敵な世界の仲間たちに囲まれ、毎日を楽しく過ごせていること
を改めて幸せに思い、こみ上げてくるものがあったのかもしれません。


この素晴らしき世界!
人と出会うことと人と話すことに感動しっぱなしだった2ヶ月。

きっとこれらの出会い、コミュニケーションは今後の自分の
コミュニケーションの大きな礎になるであろう。


国境を越えた仲間たちよ、最高の2ヶ月を本当にありがとう。
そしてこれからもこの友情を末永く大切にしていこう。



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