孫子謀攻篇二とハンニバルハンニバルがカ ンナエ戦の後にローマへ侵攻せず、ローマとローマの同盟都市の外交関係の切り崩しを計り失敗したのは、孫子謀攻篇二「上兵は謀を伐つ。その次は交を伐つ」の失敗例と言える。孫子謀攻篇二は、開戦前の戦略で、開戦後の主戦略は野戦での決着であり、外交ルートはあくまで水面下の副次戦略というのがハンニバルの教訓かもしれない。