母国語ではなく外国語で考えるほうが合理的判断ができるかもという話。
60万人を死に至らしめる病気の対策に、1)20万人の命を確実に救える薬を開発するべきか、2)33.3%の確率で60万人全員の命を救えるが66.6%の確率で一人も助からない薬を開発するべきかという質問をアメリカ人の学生にしたところ、80%以上の学生が1)の選択をした。ところが1)の選択肢を40万人は死ぬと表現を変えたところ、1)の選択肢を選んだ学生は47%まで減少したという。どちらの場合も1)の事象は客観的には変わってない(期待値は変わってない)にもかかわらずである。
このような「人間は得をする場面ではリスクを回避しようとし、損をする場面では リスクを大きく取ってしまう傾向がある」という意思決定の傾向は「プロスペクト理論」と呼ばれている。
ところが面白いことに、日本語を外国語として学んでいるアメリカ人の学生に同じ質問を日本語でしたところ、1)の表現を変えたところで、1)の選択肢を選んだ学生のパーセンテージは変化しなかった、つまり期待値の評価は変化しなかったという。
この実験結果から、外国語で考えている場合には母国語の場合の直感的・本能的な思考を排して合理的・論理的な思考をしているということが考えられるという。
何か言われてみればそんな気がする。