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日中戦争 殲滅戦から消耗戦へ

2007年7月7日は日中戦争の開戦から数えて70周年にあたる。

日中戦争の戦史を勉強していると、
精強な軍隊が敵地で消耗していったという点で、
ナポレオンのスペイン戦争やロシア遠征に
似ているとの感想を持つ。

では本当に似ていたのか、
を考える上で非常に勉強になる本である。

本書の要点は以下の2点である。

一般に戦争とは、短期的な決戦をめざす殲滅戦略による戦争と、
長期的な持久戦をめざす消耗戦略による戦争の2類型に分類される。

そして日中戦争とは、日本の殲滅戦略と、中国の消耗戦略
との激突であったとみるのが本書の視点である。

(略)

そのうえで本書では、二つの戦争の根底にある
二つのパワーについても踏み込んでいきたい。

殲滅戦を支える原動力は、その国の軍事力や産業力などの、
いわばハードパワーである。一方、消耗戦の場合は、政治力や外交力、
さらには国家の文化的な魅力をも含むソフトパワーによる戦いになる。
日中戦争とは、究極的にはこの2つのパワーの相克であった、とみる視点を持つことで、この戦いの本質のみならず、日中両国の現在もなお変わらない国家的な性格までをも見通すことができるのではないかと考えるのである。

日中戦争は、
1)日本の殲滅戦略 VS 中国の消耗戦略
2)日本のハードパワー VS 中国のソフトパワー
であったというのが筆者の主張である。

日本は、日清・日露戦争でハードパワーによる短期の殲滅戦略
で勝利したため、ソフトパワーによる消耗戦略の経験が何もなく
その準備も体制構築もままならず敗北したというのである。

南京を陥落させれば蒋介石の国民政府が降伏するであろうと
考えていた点、モスクワを陥落させればアレクサンデル1世が
降伏するであろうと考えていたナポレオンに日本軍は確かに似ている。
ともにハードパワーによる短期の殲滅戦略の発想である。

ナポレオン戦争研究の大家であった石原莞爾が、
南進に反対したのも、ナポレオンの故事がよぎったからかもしれない。
彼の中では総力戦の発想があったからこそ満州を攻略したのであろうが、
南進したならば国力を消耗することが見えていたのであろう。

消耗戦略について考えてみると、

ナポレオン戦争におけるスペイン戦役では、
特定の指導者の意思に基づき展開されたというより、
教会に先導された民衆による半自発的なゲリラ戦であったといえる。
すなわち民衆主導の消耗戦略であり、特に政治力や外交力の
ソフトパワーに基づく消耗戦略ではなかったといえる
(民衆主導の消耗戦略)。

ナポレオン戦争におけるロシア遠征では、アレクサンドル1世はモスクワ放棄に積極的であったわけではなく、政治指導者の意思というより、ロシア軍司令官のクツーゾフによる軍事的な観点からの消耗戦略であった。政治力や外交力や国家の文化的な魅力のソフトパワーの点でもナポレオンのフランスのほうが相対的に上であったといえる(軍事的な消耗戦略)。

スペイン戦役やロシア遠征における消耗戦略については、
リデル・ハート「戦略論」に詳しく論じられている。

蒋介石の消耗戦略は、南京や上海での戦禍の巧みな宣伝によってアメリカなどの国際世論を身につける外交戦であったといえる。民衆主導でも純軍事的なものでもない。その意味では政治的な消耗戦であったのかもしれない(ソフトパワーによる消耗戦略)。

このように消耗戦略を展開する手段は、ソフトパワーに限らず、
民衆主導の消耗戦略、軍事的な消耗戦略など手段はさまざまである。

このように考えると、消耗戦略とソフトパワーは
必ずしもワンセットではないといえる。

日清・日露戦争では日本は巧みな外国力を展開している。
殲滅戦略とソフトパワーの組み合わせもあるのである。

とするならば、最強なのは、ハードパワーとソフトパワーを兼ね備えた殲滅戦略ということになると考える。要するに最盛期のナポレオンやローマ帝国がこれにあたる。

そして現在の日本は、ソフトパワー不足で
ハードパワーの充実もままならない。