
先日、行った、大阪では逆でした。
京都・大阪・神戸にいる親族に聞いてみました。やはり関西では「右側」に立つようです。
つまり、先を急ぐ人はエスカレーターの「左側」を歩いて行くようです。
京都・大阪・神戸にいる親族に聞いてみました。やはり関西では「右側」に立つようです。
つまり、先を急ぐ人はエスカレーターの「左側」を歩いて行くようです。
ここまではよく聞く話です。で、頭の体操のつもりで自分なりに理由を考えてみました。
よくある俗説としては、武家社会の日本では、右側通行にすると、
刀の鞘があたって武士どうしの喧嘩になるので、元来「左側通行」だったというもの。
大江戸博物館の日本橋の解説にもそんなような事が書いてました。
関西地方は、武家社会古来の伝統を守っているのでしょうか。
しかし関西はどっちかというと公家や商人の世界だし。
刀の鞘があたって武士どうしの喧嘩になるので、元来「左側通行」だったというもの。
大江戸博物館の日本橋の解説にもそんなような事が書いてました。
関西地方は、武家社会古来の伝統を守っているのでしょうか。
しかし関西はどっちかというと公家や商人の世界だし。
そうすると関東はなぜ「右側通行」なのか?
ナポレオンは、軍に「右側通行」を命じたという。
そのためナポレオンに征服された諸国では「右側通行」となり、
征服を免れたイギリスは「左側通行」という。
軍事顧問として多数のフランス人・ドイツ人を招聘した明治政府は、
兵隊さんにナポレオン軍流の「右側通行」を叩き込むために・・・
そのためナポレオンに征服された諸国では「右側通行」となり、
征服を免れたイギリスは「左側通行」という。
軍事顧問として多数のフランス人・ドイツ人を招聘した明治政府は、
兵隊さんにナポレオン軍流の「右側通行」を叩き込むために・・・
・・・などと考えたのですが、歩行者が「右側通行」となったのは、
戦後の「道路交通法」からのようです。だから違います。
戦後の「道路交通法」からのようです。だから違います。
その他にも、中部地方は、四国は、九州は、北海道はどうなのか、
と思いましたが調べる術もありません。
と思いましたが調べる術もありません。
しかし面白い現象だと思います。