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『補給戦』(マーチン・ファン・クレフェルト著,佐藤佐三郎訳,中公文庫)
を読みました。

戦争のプロは兵站を語り、戦争の素人は戦略を語る。


読み応えのある本でした。
ナポレオンに関係する部分も読み応えありました。

ナポレオンは兵站に煩わされることなく現地調達を旨とし、
迅速な機動により敵野戦軍を捕捉し撃滅した(絶対戦争)。
これに対しナポレオン以前は補給基地からの補給に行動範囲を
制限され敵野戦軍の撃滅を志向することはできなかった(限定戦争)

このような理論的な理解が一般的ですが、
クレフェルト博士はこれに対し反論します。

クレフェルト博士はナポレオン以前も現地調達を旨としていたことを述べた上で次のように述べます。
 遠距離の急速行軍が比較的少なかったとしても、あるいは軍事評論家達が作戦行動に準備された
軍需品倉庫に基づいて行われなければならないと主張したとしても、これは現地依存生活ができない
からではなかったし、いわんやそうするのがいやだったからではなかった。17世紀末および18世紀の
戦闘が、なかんずく包囲戦に集中したという事実のためである。さらに包囲戦が多かったという事実は、
軍事組織(常備軍)があまりにも経費を食うため兵を簡単に戦闘に投じられないことに一部の原因が
あったし、戦争を一部の具体的目的の達成を狙う政治・経済的道具(道徳または観念とは別のもの)と
みなす概念にも一部の原因があった。また、一部は、敵が抵抗し戦う決心をしなければ、敵の領土の
奥深くへ戦略的前進をしても空振りになるだろうとの事実にも原因があった。これにオランダの築城家
ケホルンやフランスの築城家ヴォーヴァンによって守られた町の異常な力強さを加えてみよ。
また、城塞というものは元来逃げ出すことができないという事実をつけ加えてみよ。そうすれば
包囲戦が多く、急速前進が少なかった理由が明らかとなろう。(70頁より引用)
包囲戦をやらざる得なかったことが、
敵野戦軍撃滅を志向しなかった理由というわけです。
このような包囲戦は兵站面での困難をすぐに生じさせました。
なぜなら軍が一箇所に留まれば現地の物資を消費しつくしてしまうからです。
それを補うために補給基地やら補給部隊が創設されました。
兵站の問題があったから軍の行動が制限されたのではなく上記のような諸処の理由
により包囲戦をやらざるえないから組織的な補給の問題が生じたのです。

そしてこの問題はナポレオンにとっても同じでした。
 ナポレオン軍がこのように現地に依存していたとすると18世紀の前例のように、
ある地域に長期駐留するたびごとに、補給困難に陥ったのは当然である。1796年のマントヴァ周辺、
1805年のアウステルリッツ会戦前の兵力集結期、1809年フランス軍がレーバウに閉じ込められた時、
そしてモスクワ駐屯期間がこの例である。しかしながらナポレオン戦争体系の恐らく最も革命的な
側面は、そのような駐留を防ぐ方法を彼が知っていたこと、戦略的前進から会戦、進撃へとすぐ移る
ことができたこと、および包囲攻城戦を避けたことであった。(129頁より引用)
このように包囲戦を避けた限りにおいて18世紀のような兵站問題に煩わされることなく、
敵野戦軍の撃滅のため戦略的前進から会戦・進撃を行ったのがナポレオンです。
そして包囲戦を避けえたのはフランス革命による徴兵制によりフランス軍が巨大化し、
一部を要塞の攻囲に割いても残りで敵国に進出し敵野戦軍の撃滅を志向できたからです。

とはいえ現地調達という兵站上の問題はナポレオンにつきまといました。
博士はアウステルリッツ会戦およびロシア遠征の例をあげて兵站上の問題が
ナポレオンの戦略を制約した例をあげます。その問題の中から世間の理解とは逆に
ナポレオンがいかに兵站の問題に神経を使っていたかが述べられています。
後方よりの輸送支援という形での兵站組織を初めて本格的に設計したのも、
実はナポレオンであったという事実が述べられています。
ただ、この後方支援組織は上手く機能しませんでした。

やはり現地調達が機能しなければ大陸軍は崩壊してしまうのです。
その現地調達における大陸軍の強みとともにナポレオンの役割について博士は言及します。
 フランス軍以前の軍隊が普通なしえなかったこと、すなわちヨーロッパの他の端から進んで他の端に到達し、途中あらゆるものを破壊することがフランス軍に可能だったのは、たくさんの要因が前例にないほどのはずみを生じさせたからであった。これらの要因には、次のようなものが含まれていた。軍団制をとっていたため、各部隊を分散させ補給を容易にさせたこと。徴発担当の常設機関が存在したこと。ヨーロッパが今や以前に比べて人口稠密になった事実。そしてナポレオン自身の説明を借りれば、フランス軍の規模そのものが大きいため、要塞包囲のために前進を停止する必要がなく、それらを迂回することができたことである。だが窮極的には、これらの「物質的」要因だけで、ナポレオンの成功のすべてを説明することはできない。このことは、この著書のような通俗的な研究においてさえも、天才というものの役割を過小評価してはならないことを示唆している。(129頁より引用)

いろいろな「理論化」はなされますが、
ナポレオンだからこそ、クラウゼヴィッツのいうところの
戦争につきまとう「摩擦」を克服し「実行」できたということみたいです。