『Every individual endeavors to employ his capital so that its produce may be of greatest value. He generally neither intends to promote the public interest, nor knows how much he is promoting it. He intends only his own security , only his own gain. And he is in this led by an invisible hand to promote an end which was no part of his intention. By pursuing his own interest he frequently promotes that of society more effectualy than he really intends to promote it.』

アダム・スミス「国富論」において、
「神の見えざる手」について述べた原文箇所です。
資本主義の原理宣言です。

原文では、「invisible hand 」とのみあって、「god」は出てきません。
なのに「神の」と訳されています。

「見えない手」だけだと、なんかインチキくさいからでしょうか。
英国人にとっては「invisible hand 」という表現で、
「神」が意識できるのでしょうか。

そのへんのところは知りませんが、
もしそうなら英国人の「わび・さび」ですね。

この文章を先入観なく素直に読んだ感想は、「ほんとかよ!?」です。
日本人だからこの文章読んでも、「神様」なんて意識できません。
むしろ、「神様」といったら、ドラゴンボールに出てくるナメック星人を思い浮かべてしまいます。

21世紀は、環境問題・エネルギー問題・食糧問題が、
やがて大きくなっていくでしょうが、
これと「invisible hand 」との折り合いをどこでつけるのかは、
人間の欲望はそう簡単にコントロールできるものではない
のでやはり難しいと思います。

ここは一つ、神様=ナメック星人に頼んで、
ドラゴンボールを7つ作ってもらい、
神龍(シェンロン)に解決してもらうしかなさそうです。