数的優位にあったピエモンテ・オーストリア連合軍でしたが、
次のような弱点を抱えていました。

第1に、兵力が分散して配置されていたことです。

ボーリュー将軍自身が指揮するオーストリア軍19500人は、
マルティームアルプスの丘陵地帯東方の背後の平原にある
アレッサンドリアという都市に配置されていました。

コッリ将軍が指揮するピエモンテ軍25000人は
マルティームアルプス丘陵地帯西方のクネオという都市から
東にむけてチェヴァという都市に向けて間延びした形で配置されていました。

そして、アルジャントー将軍が指揮するオーストリア軍11500人は、
ボーリュー将軍とコッリ将軍の中間のアクイという都市に配置されていました。
この軍がオーストリア軍とピエモンテ軍の結合部分の役割を果たし、
また、イタリア遠征軍と対峙する前線の役割も果たしていました。

つまり、ピエモンテ・オーストリア連合軍は、地中海沿岸に細長く布陣したイタリア遠征軍を
さらに包み込むよな形で、マルティームアルプスの丘陵地帯西方の都市から
東方の背後の平原の都市にかけて、分散して配置されていました。

第2に、マルティームアルプスの丘陵地帯の地形的特徴です。
ピエモンテ・オーストリア連合軍は丘陵地帯の地形のために相互の連絡が上手くいっていませんでした。また、オーストリア軍は、優れた騎兵部隊を持っていましたが、丘陵地帯のためその強みを生かす
ことができずにいました。

第3に、ピエモンテ軍とオーストリア軍が政治的緊張関係にあったことです。
そのため両軍の連携は上手くいきませんでした。

つまり、ピエモンテ・オーストリア連合軍は、地形と政治的緊張のため相互協力もままならず、
マルティームアルプスの丘陵地帯西方から東方背後の平原にかけて
分散配置されているという状況でした。