ボナパルト将軍がサヴォナに到着した当時のイタリア遠征軍の状況は次のようなものでした。

イタリア遠征軍は、北方をマルティームアルプスの丘陵地帯、南方を地中海に挟まれ、南フランスのニースからイタリアのサヴォナに沿った地中海沿岸に細長く布陣していました。

丘陵地帯にはゲリラが出没し、丘陵地帯の背後の肥沃な土地へと通じる要所にはピエモンテとオーストリアの連合軍が布陣し行く手を阻み、地中海にはネルソンのイギリス艦隊が航行していました。

間延びした補給連絡線は、マルティームアルプスの丘陵地帯・海上の双方から脅かされ、これに民間業者の不正行為が加わり、配給は滞りがちでした。給与もフランス本国の財政が破綻していたため未払いの状態が何ヶ月も続いていました。

つまり、マルティームアルプスの丘陵地帯と地中海に挟まれた細く狭い地域に、イタリア遠征軍は何年も閉じ込められ、窮乏していたのです。

このようななか、ボナパルト将軍は、イタリア遠征軍が窮乏して自滅するのを待つか、マルティームアルプスの丘陵地帯へと前進し、ピエモンテとオーストリアの連合軍を撃破した上で、丘陵地帯の背後の肥沃なロンバルディア平原に進出するかの二者択一に迫られていたのです。

手持ちの兵力は、マッセナ師団・オジュロー師団・セリュリエ師団の
3つの師団で合計37600人、大砲60門でした。