一方的に殴る蹴るの暴行を
受け続ける者は弱者なのだろうか
法の支配下では
他者への暴力は禁じられている
だからこそ痛みに耐え
このまま行くと死ぬかもしれない
そんな恐怖心が芽生えてさえも
じっと心を折らずに殴られている
やられたらやり返す方が強いのか
法の支配を教育されても尚
危機が迫ればその法をを犯しても良いのか
個人の暴力事件や
他国の武力行使といった
攻撃を受けて
何もせずにいるのは弱者だとすると
法とは一体何なのだろう
支配とは
実行しなければ意味を成さない
教育現場では
周りが止めに入るかもしれないが
暴力を振るった側も
おそらく警察には引き渡されず
個別の指導や学校であれば停学処分で
終わってしまうのは
法に則っているのだろうか
選挙権を持つ
有権者が集う高等学校などは
生徒と言えど成人だが
警察にも連行されることなく
ただ報道では教育者側が叩かれる
法的に認められた有権者たる
成人が起こした暴力事件ですら
地方公務員が起こした事案というだけで
司法に判断を委ねない
同様に国際社会ですら
他国の大統領を拘束連行して
自国の司法判断を押し付ける行為を
覇権国が実施しているが
報道でも国際法違反の疑いがあると言って
国際法違反だとは言わない
国際司法を担当する
ICJ等からは目立った声明は出ていない様子
また国際刑事裁判を扱うICCも
ある国の大統領には逮捕状を出し
加盟国がその容疑者を拘束連行しなくとも
何の罰も与えない
この世界は嘘で作られている
少なくとも日本人がトップに立つ
国際機関などは機能していない
偉そうに振る舞い
綺麗な服を着て髪を整え
もっともらしく正論を吐き
実際に一線を越える存在が現れると
一斉に口を閉ざす
教室も国会も
国内社会も国際社会も
一律同様に本音と建前を使い分ける
その違和感に鈍感な者が
勝者とみなされる
頑なにルールを守り
自身の信念を曲げない者にこそ
称賛が贈られると教わりはするけれど
実際は暴力を否定する事後会見で
地方の首長がやられっ放しの被害者側に
弱者というレッテルを貼り
弱い者いじめは許されないと
声高に主張するのが現実
法を守るものが弱者なら
守らない側が強者となるのだろうか
報復を選ばなかった被害者を
勝者として扱う術を社会は
未だ自らの意思では手に取らない
現実には正義など存在しない
自己主張の応酬で
言語化された感性に包まれて
深い森の中を彷徨う倫理
権威や実力を持たぬ者達の声に誘われ
樹海の中をただ彷徨うような議論に
行き着く先はあるのだろうか
いつかは地道に
筋を通す者達を称える世界へと
辿り着けるとしても
その道程はおそらく果てしなく遠い
それでも歯を食いしばり進む者が
新時代の勝者となる事を願う