これは、同好の士とともに作っているサークルの会報に寄せた、埼玉県の郵便局完訪記です。すでに5年前の原稿ではありますが、まぁ読めるものかなぁということで、掲載してみました。
さて、楽しんでいただけますでしょうか。
-----以下、転載です-----
去る平成12年11月8日、651局目・秩父鉱山簡易郵便局(03839)にて、埼玉県内の郵便局での全局貯金を達成しました。昭和59年9月20日に上福岡武蔵野郵便局(03512)で、生涯初の旅行貯金をしてから足かけ16年。長い道程でありました。これを勝手に記念して、達成に向けて足取りをつらつらと書き出してみたいと思います。
【始まりからラスト6局まで】
住んでたトコの近所の〒で貯金を始め、しばらくは学校の臨時休校日ごとに出かけておりました。まずは中学校の開校記念日、2局目・所沢日吉〒(03136・S59.10.15)などへ行きました。次はフリー切符が発売される「埼玉県民の日」、乗りつぶしがてら4局目・熊谷筑波町〒(03132・S59.11.14)へ。その後もちょこちょこという程度、その結局、中学時代は16局、高校時代は5局でした。
大学に入学してからも、目覚めるまではちょこっと。1年生の頃は通学定期券の範囲内の駅前局だとか、運転免許を取りに行った帰りの25局目・鴻巣本町〒(03521・H2.7.13)だとかいう程度。またも県民の日のフリー切符で出かけ、そこでちょっと目覚めて通い始める。それでも月1日程度の稼動で、そんなに局数も増えなかったのです。
それが旅行サークルのイベントに参加するたびに感化され、次第に局数が増えていくことに。それでもこの頃は、県内は少なく真の「旅行」貯金であった時期といえるでしょう。それが、サークル結成のきっかけとなった銀山温泉での宿泊以来、地元での積極的な活動を始めることに。就職活動で内定をもらうまでの間に一時休止をした以外は、アクセルを踏みっぱなしのような頻度で訪問してました。大きく花開いた大学生時代、最後の貯金は339局目・大宮風渡野〒(03585・H6.3.28)でありました。
社会人になり、埼玉は(担当)営業範囲外であったため、県内貯金は平日休みのときだけ。さらに県外、特に大名領地を目指す傾向が強くなったこともあり、この時期ほとんど県内を回っていません。2年連続、年末に県内を巡るという感じで、351局目・荒木〒(03134・H7.12.29)、370局目・秩父大野原〒(03095・H8.12.30)と続いたのでした。
一大転機になったのが、今の会社に転職したこと。職場が大宮となり、担当エリアも南は戸田・草加、東は春日部・加須、北は熊谷・東松山と、かなりの広範囲でした。さらに、担当替えもあり、担当したことがないのは秩父地区と所沢地区くらいで、そりゃぁもう回ってしまったという感じです。転職後初貯金が職場近くの409局目・大宮高鼻〒(03186・H11.3.15)、それが1年半後には651局ですから、いかに巡っていたかがわかるというものです。
【残り5局のカウントダウン】
647局目・東松山平野〒(03444・H12.11.1)は、移転改称によってできた局。元の名を東松山東平〒といい、既に訪問済でありました。東松山の客先に行った際に立ち寄って貯金、新興住宅地の真ん中の郵便局でありました。これで残り4局。
残りについては一日で回ってしまうことにし、その日を11月8日と決めて代休取得。648局
目・所沢東住吉〒(03364)は所沢駅至近の郵便局。ただ繁華街とは逆方向にあり、今まで足を向けていませんでした。そこからはロングドライブ。街を越え山を越え、649局目・秩父高篠〒(03172)へ。ここも今までの移動ルートから離れていたため、訪問したことがありませんでした。近隣の郵便局からも近かったのに…。
昼食をはさみ、次の郵便局を目指す。秩父山地の山奥に向かっていくことになるのであるが、途中道に迷って久那簡易〒(03801・貯金非扱)の前へ。非扱いとは知りつつもいつもの癖で、「郵便貯金やってますか?」と確認してしまう。もちろん返事は「No」、でもショックは小さい。そうこうしてから、ようやく650局目・長若〒(03183)に到着。国道とも主要県道とも離れた集落の中にあり、地図にも局名表記がないような目立たない局で、ようやく訪問できたかという感じ。雰囲気もなかなかよかったのでした。
県内最後の局は、埼玉最深部にある郵便局。山が深く、ちょっとした災害で不通になってしまうような道であり、今まで近づくのも遠慮していました。それが、山梨に抜ける雁坂トンネルの開通と、滝沢ダム工事によって片側1車線両側歩道付きのキレイな道路に変わり、それはもう走りやすい道になっていました。が、国道を外れると、すれ違うのも困難な一本道に。で、ちょうどピークの紅葉見物車が多く、なかなかスムーズに走ることができず、予想以上に時間がかかってしまいました。
たどり着いたトコは、螢縫奪船弔箸いΣ饉劼旅杙魁さらに奥に進むべく素掘りのトンネルを抜け、鉱山の一角にある事務所がある。そこが目的地である秩父鉱山簡易郵便局でした。木造の建物のドアを開けると、なかなか広い。チャイムを鳴らして、隣りの建物から局員を呼び、ようやく貯金。
唯一という局員さんと話しをしていると、この山は昔は大きな鉱山であり、従業員三千人もいたとのこと。家族も住み、小中学校あわせて300人もいたそうで、その頃はここも特定郵便局として3~4人の職員が働いていた。それが鉱山の縮小と機械化によって従業員が減少、それに伴い郵便局も簡易格下げされ、局員も1人(それも鉱山事務所と兼務)になったそうである。建物自体はその当時のもので、数十年前の局舎がそのまま見れて面白い。今では利用者も多くなく、鉱山従業員と(私たちと)同好の士がほとんどで、どうにか続いているような状態。この風情ある郵便局がいつまでも続くことを祈りつつ、その地を離れたのでした。
そこからは紅葉を眺め、高架橋からの景色を眺め、ダム工事の現場を眺め、約4時間かけて自宅まで帰り着いたのです。高速道路を使ったといはいえ、埼玉県の広さを再度認識しまいた。いやはや、ひとつの「区切り」となったドライブになりました。
-----以上、転載終わり-----
一部修正した部分はありますが、ほぼ当時のままです。乱筆乱文なところはご容赦いただきましょう。
秩父鉱山簡易〒に行ったとき、カメラを忘れてしまったので、写真はありません。残念です。
これからも、昔に書いた文章も載せていきたいと思います。