春はすぐそこ花粉万歳という感じですね(笑)
昨日、英国でバットマンが犯人警察に連れて来たとかで、ニュース出てましたが、やあ、なかなかユーモアがあってよろしいですな。
サッカーの応援にコスプレで行っていたら、幼馴染の自首に付き合うことになりそのまま行ったそうで。
オレなら着替えるかなあ。。。。。いや、やっぱりそのまま行くか(笑)
犯罪犯して自首するのに、付き合ってもらわないと行けないのかなと思うんですがね。
甘えてると思います。
最近、この世の中はみんな何をするにも他人に甘えているのだということを、もの凄く感じます。
もちろん、自分も含めてね。
犯罪と言えば、この前PC遠隔操作して自信満々だったオタクのバカが江東区にいましたが、アイツなんて、法を犯して自慢気に犯行声明出してたわりに、けっこうあっさり捕まって、今度は自分が破って軽く見てたその“法”に守ってもらって無罪を主張している。
甘えてるにもほどがありますよ。
禁煙区域だって言ってるとこで朝からタバコ吸ってポイポイ捨ててるやつらは、それを拾ってくれる人がどっかにいるんだろう、というかオレの家じゃないからいいしと思ってるわけで、それは別にワイルドでもオレ様気分でもなく、ただ回りに甘えてるだけなんですよ。
電車に乗れば他人の気持ちも顧みず、狭いスペースに気づかいながら座るどころか、快適に座ろうと手を広げ足広げグイグイ陣地を拡大するのは、要するに隣の赤の他人に甘えてるということなんですよ。
女の人が男の人に条件つけるのも、男の人が女の人に求めるものも、要するにどこかにいる善良な人にどっぷり甘えてると思いますしね。
現代社会はとにかく甘えている。
買った商品が自分の認識不足・不注意で壊れてしまった、メーカーに文句を言えばなんとかなる、1年間の保証書付きだから、保証書は捨てちゃったけど。
なりませんよ、「保証は保険じゃない」んです、アンタの甘ったれた気分を良くする特効薬じゃないんです。
かく言う自分の甘え加減にも、最近うんざりしています。
親は偉大だ、甘やかされて育ったものだとつくづく感じます。
悪い甘え方をせず、人を本当の意味で気づかい、社会の中で生きて行く。
これがいま思う、本当の意味での大人、いい意味での年の取り方なんだろうなと思います。
