藤田俊哉送別試合 ~ジュビロは強かった~ | 蒼月の【Tokyoびより】

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「ほけんの窓口プレゼンツ 藤田俊哉送別試合」

@国立競技場


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昨日の元日本代表MFの藤田俊哉さんの現役引退の送別試合を観戦してきました。



試合は、藤田さんがいままで在籍してきたクラブの選手らで構成する「ジュビロ スターズ」と、三浦知良や中田英寿氏ら日本代表経験者を中心とした「ジャパン ブルー」で対戦。

藤田さんは前半をジャパンブルー、後半からはジュビロスターズでプレーして結果は4-3で「ジュビロ スターズ」の勝利。


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ひさびさに中田英寿のプレーを観ましたが、遠くからでも蹴り方でヒデってわかるもんですね(笑)




さすが現役、各年代日本代表経験者の大津くんとボブさんことカレン・ロバートのプレーや、試合見た人すべてが思ってるはずの「ナオト・インティライミってサッカーすごい上手いんだなあーキラキラ」というプレーと、みどころ沢山でしたよ。



笑ったのが、始まって3分でまず最初にピッチを去って行った(笑)ゴン・中山隊長と、なんといっても、いまでも往年の「ごっつぁんゴール」を目の前で見せてくれた武田修宏師匠!(笑)







ゴールの再生VTRのあとの「失笑」の中に蒼月も参加させて頂きました(笑)


「出ました! ごっつぁんGOAL!!!」








しかし、後半のジュビロ・スターズは強かった。

なにが凄いって、パスワークがすらすら通ってみごととしか言えないパスワークだった。

そのほとんどの理由が、藤田俊哉と名波浩のふたりの奏でるもののわけで、これでさらに黄金期の選手がもっといたらそりゃあ強かったわけだと、何年という月日が経ってよくわかった思いでしたね。


あの時代にもっとACLが整備されていたら、やっぱり勝ってたんじゃないのかなあと思いましたね。




暗くなった国立で、最後に藤田さんがもう一度センターサークルに来て、みんなに挨拶して帰っていくとき、ジュビロ・サポーターが「藤田応援チャント」で見送られるシーンは鳥肌立ちました。


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正直、歴代の代表監督から支持されず、不遇の名プレイヤーと感じていたのが蒼月の実感です。

カントナ、パパン、エッフェンベルグのような代表の表舞台であるW杯には縁のなかった方でしたけど、Jリーグ創世記のジュビロ帝国をゴンさんや名波君と作り上げた功績は本当に偉大です。


18年間お疲れ様でした。

アナタのいたジュビロ磐田は強かった、それを引退試合でも見せてもらいました。










さて、昨日で国立競技場ともしばしのお別れでしたでしょうか。


今年の7月から2018年3月までの5年間、国立競技場は改修工事を経て新国立競技場として生まれ変わるわけですね。




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ありがとう、国立。


97年6月のフランスW杯アジア一次予選で、たしか中田英寿のW杯予選デビュー試合だったと思いますが、あれが一番の思い出でしょうか。


ゴール決めたのに交代告げられて、そのままロッカー帰っちゃったはずです(この時19歳?。。。試合より目の前トコトコ帰って行った姿をよく憶えてますが(笑))


レアル・マドリーvsヴァスコ・ダ・ガマのTOYOTAカップも観に行きましたし。(ロベカル凄かったー!ラウル最後決めちゃったー!ミヤトヴィッチ好きだったー!)


思い出の国立最後の試合が藤田俊哉送別試合でした。






三日月