9c54af4f.jpg三が日は駅頭での活動を控えてきましたが今日からは全開です。


朝は室生口大野駅でチラシの配布。やっぱり駅は良いですね。


昼間はポスターの掲示をさせていただいたり、新年の挨拶をさせていただきました。


夜は榛原駅で街頭演説。チラシを楽しみにしてくださっている方がいること嬉しかったです。


駅頭がホームグラウンドのようになっていている気がします。街頭演説はずっと続けます。
政治家(現職であるなしは関係なく)は、自分の選挙区(私の場合は宇陀市)の有権者に対して、時候の挨拶を郵送することは禁止されています。

したがって、宇陀市の方に年賀状を出すことができません。
唯一許されているのは、受け取った年賀状に対する返信のみです。
したがって、皆さまに年賀状を出すことができないのです。
勝井太郎から年賀状が届かないと思われた皆様申し訳ありません。


現在、活動報告のチラシを作り、一軒一軒ポスティングをしています。


公職選挙法は、本当に禁止事項の多い法律です。
禁止事項が多いと一見公正な選挙になる気がしますが、その条文の解釈が複雑になり、結果として公正な選挙になっていない気がします。
基本的に公職選挙法は、お金のかかる活動をすべて規制することで、お金のあるなしで活動の差が出ないようにとしています。


年賀状の規制もその中の一つです。


現状の公職選挙法は改正がされるべきであると考えています。
選挙期間中に選挙カーが大音響で走り回るのも、それ以外の行為をほとんど禁止をしているからです。チラシを配ることも、一軒一軒回って直接訴えることも禁止されています。選挙になったら電話がたくさんかかってくるのもそれしかできないからです。

比較的お金のかからない、メールもホームページも選挙期間中は一切禁止です。


お金のかからない選挙を目指しているはずの公職選挙法によって規制されていることは、不思議なことです。現在、改正に向けて議論が行われています。そのことは、大変喜ばしいことです。


が、一度どのような選挙のあり方が望ましいのかももう一度議論をしたうえで、全条文を改正するくらい抜本的な改正を行うべきです。

選挙を変えなきゃ、政治は変わらないと思いますから。
珍しく、家にいたのでふとここまでを振り返ってみました。


政治家という職業をはじめて意識をしたのが小学生のころでした。
その頃はまだバブルがはじける前かはじけた直後ぐらいで、地域の山が大手のデベロッパーに買い漁られて大型宅地計画が持ち上がっていて、この自然がなくなるのを何とかしたいなと思ったことが、地域の政治に興味を持つきっかけでした。

親には、村長になりたいと言っていたそうです。


実際に政治家になるとを決めたのは、大学生のころでした。
20代で当選をした又吉健太郎浦添市議会議員や今村岳司西宮市議会議員と知り合い、ほとんど歳の変わらない方々が政治の舞台で活躍をしている姿に刺激を受け、被選挙権が得られる25歳以上になったら挑戦をしようと決めたのもこのころでした。


会社勤めを経て、政治に世界に足を踏み入れたのは、24歳のとき、花輪智史(はなわともふみ)東京都議会議員の秘書として活動を始めました。

また、同時に大前研一さんが設立をした政策学校一新塾政策提言コースに14期生と入塾をしました。
中島源陽(なかじまもとはる)宮城県議会議員や兼頭一司(かねとうかずし)株式会社しまの会社代表取締役など多くの仲間と地域の活性化について何度も議論を重ね、実際に現場をめぐったことで、宇陀市で活動をすることについて、覚悟ができた気がします。また、同期の中に政治家になった仲間がたくさんいることも大きな刺激になりました。


一新塾卒塾後、花輪事務所から離れて、浦添市議会議員の又吉健太郎さんの選挙スタッフとして活動をしました。実際に選挙のど真ん中にいたことで、選挙をどのようにして行うのか学ぶことが出来ました。


多くのことを学んで帰ってきたのが27歳のとき。
現状への怒りをぶちまけまくっていた若者に地域の目は冷たかった気がしました。しがらみを嫌うがゆえに、誰とも付き合わなかった結果でしたが、今思えば、若かったなと思います。
思い直して、4年間地域の中で活動を続けると決め、地域の方と活動をしていくことにしました。

公民館活動に誘っていただいたり、地域のボランティア活動に誘っていただいたり、消防団に誘っていただいたりと、地域に根差した活動が出来るきっかけをいただいて、大きく成長をさせていただきました。


そして、満を持して昨年9月から、政治活動を開始しました。
最初はたった一人で始めた活動でしたが、家族、親戚、地域の方、宇陀市に対して想いを持っている多くの方に支えていただいて、活動を続けています。


政治家になると決めてからもうすぐ10年がたとうとしています。
たった一人でも気持ちを変えずに続ければ、必ず道は開ける、仲間が出来る、そう信じてこれからも変わらず活動を続けてまいります。



すべては宇陀の未来のために。