学習障害があるけど、多分HSPもあるだろうな(ノ_・。)
しかしながら、歳を重ね、経験を重ねたら、心の痛みに免疫が出来る。
そりゃあ、不愉快、寂しい事は、今日までに色々あった。これからも嫌な事はあるだろう。
相談できる相手はいなかった。人付き合いはなかった。
人には逃げなかった。学習障害はある。だが、戦えないわけではない。
謙虚に、生真面目に、前を向いて・・・・いい意味で一目は気にせず歩んでいく・・・・
さて、学習障害者が、どれだけ、世間とやり合えるのか?と言う話。
喧嘩とか、揉め事、トラブルになったとき私は学習障害だからと、
言うても、そういう時はやり合わざるを得ない。そう言う場面に
なったとき学習障害者は、弱いのか?私から言うたら学習障害者は、
強い。普通人が、想像も出来ないような返しで返すので、普通人は、
ビビります。結果的に、勝ちます。あと、やり合う以前に戦闘マインドでいると、
妙な迫力が出て、周りが怖がる場合もあります。そう言えば、ゴッドファーザーで
有名な、マーロンブランドも、ディスレクシアだったそうです。あの迫力は
マーロンブランドしかいなかったらしい。ウィキペディアで読んだ。
学習障害者は、世間以上にやり合える。どうでしょうか?
私の一つ年上の兄は、去年、ADHD当事者の精神科医の方の本を
読んで、当てはまる所にチェックを入れたら、ほとんど当てはまったらしい。
そして、自分はADHDであることを確信した。私は、小学四年の時に診断を受けていたので
すでに障害があることがわかっていたけど、兄は一応に健常者?と、母親は思っていた。
だけど、振り返ってみると、肌をひっきりなしにかくし、常に貧乏ゆすりしているし、
どこそこに、出掛けに行ってくるはと、母親に何も告げずにいきなり外出するし、
職を転々とばかりして、落ち着こうとしません。車を運転するときカーブの所は一担停止せずに、
そのまま曲がります。タバコも途切れなく吸います。そして、何年か前に、兄と母親で話をしていて、父方の祖父がADHDだったのでは?と言う話になった。祖父は漁師街の男で輩だった。
遊ぶばかりで一回も働いたことがなかったらしい。自転車で、かなりの距離まで行っていたらしい。
外で喧嘩とかもよくしていたみたいだ。父親も考えてみると、ADHDだろうと思う。思うと言うか
そうである。母親の作った夕飯をこんなんまずうて食えるかと暴言を吐いたらしい。風呂にもあまり
入らない。身だしなみを整えない。人の話全然聞かない。自分の事しか考えない。兄と同じく、何も
告げずにいきなり外出する。アル中なくらいアルコールを飲む・・・・書ききれない(☆。☆)
そして私は、なぜか枝分かれして、ADHDではなく学習障害なのです(・∀・)
祖父は二年前に死に、父親とは、五年くらい前から別居しています。父親は、定年まであと二年の
ところで会社を辞め、家のローンと食費は、母親と私で払っています。まあ、誰を恨んでも仕方ありませんので、私は、頑張っていこうと思うております!色んなものを守るぞ!!ヽ(`Д´)ノ