素晴らしかった。
確実にステージも上がっているし、更なるポテンシャルも秘めていると感じた。
懸念した歌も期待以上のものを聴かせてくれた。
ただ、今回は所謂ミュージカルではないという事で才加さんなりの歌唱(個性)で良かったが、果たしてミュージカル歌唱を求められる舞台であったら全く違う評価になっただろう。
ひょっとしたら付け焼き刃の技術でも何とか・・・と贔屓目で考えてもみたが、さすがに基礎技術無しでは、プロの足元にしがみつく事さえ難しい。
舞台経験を積んで学んで行けば良いという声もあるが、フィギュア経験は無いがスケートが上手いという程度でアイスショーに出る事と同様と言ったらどうだろうか。
もし今後この路線で行くのなら、必要な基礎技術を身に付ける環境を是非とも・・・その場合、今見ている個性がどう変質してしまうのかという、勝手な不安もあるのだが。
本体の公演の如く、舞台出演自体を技術修得の場にするのはあまりにも無茶で・・・失礼だ。
何事も経験だというが、技術あってこその経験で、経験を積み重ねて学ぶべきはその技術の使い方だ。
作品自体は「オペラ」というだけあって、物語や芝居に感情移入してというより、才加さん含め演者それぞれの歌,パフォーマンスを楽しむ事で十分満足出来た。
物語としてはダイジェスト感が強く「ミュージカル」としての不評や他作品と比較しての不評も分からないでは無いが・・・終幕後劇場で「歌謡ショー」というのも聞こえて来たが、そこまでくさす程低レベルな舞台では無いのは確かだ。
芝居(演技)がどこまで細かく演出されているのか疑問な所や、違和感から本来どういう意図なのかを考えさせられ、引っ掛かる場面もあったが・・・仏作品の翻訳アレンジした物を米国の演出家によってという、ややこしい構造によるものかどうか。
そういう事もあってか、才加さんの芝居がぶつ切りでキャラクターに芯が無かった点は、不満と言えば不満。
人それぞれではあるが、やはり歌そのもの(と付随するダンス等パフォーマンス)を楽しむのが正解なのだろうと思う。
芝居といえば、コンスの泣きの演技に関わるエピソードがラジオで語られていた。
確かに鼻水を、醜さや恥ずかしさで拭うべきで無いというのはその通りだと思うが、コンス自身はその時拭おうとしないのかどうか。
それ以前に、拭いたくなる程本気で泣いてしまっているという事は、涙(感情)をコントロール出来ていないのではないかというのが気にかかる。
汚なかろうが醜かろうがぐしゃぐしゃに本域で泣く、耳障りだろうがギャーギャー喚き叫ぶ等、曝け出すのを良しとする「流派」もあるが、個人的にはコントロールされていてこそ演技という「流派」を支持する。
曝け出す系「流派」は快感という勘違いに陥りやすく危険だ・・・。
余談
個人的にはメンバーの誰が観に来たかに興味は無いが、未経験の後輩には可能なら稽古をこそ見せるべきだろう。
まあ表立って見学というのは色々問題もあるだろうが、ある方のエピソードとしてそういう場合、あえて付き人として連れていくという事も有ったとか。