タイトルは、子供に口出ししないための自分に対する戒めです。

 

思春期について知れば知るほど、よかれと思ってやってきた「親として」「長く生きてきた人として」の子どもに対するアドバイスがどれだけ不毛か、無用か、もっと言ったら子どもがそれを真に受けて自分でトライしないことの弊害があるか、ということに気づきます。

 

 

たとえば、先日も知人と話していたときに、そうだよね~、となったのが、「子どもにアドバイスしても聞きやしない」という言葉。 

 

中高生にもなると、親の親切心からの「ああしたらいいのに」「こうしたらうまくいくよ」という言葉はほとんど無視して言われたとおりにやらない、ということが起こります。

 

これは順調に成長しているからこその過程なのですが、私も含め人生の先輩である親からしたら我が子が可愛いからこそ自分が苦労して得た知識を伝授してあげよう、と優しい心でいっているのに、ま~ったく聴く気がない、となると「聞きやしない」っていいたくもなります😩 

 

私も子どもが小さい頃から「こうやったら簡単なのに」「こうやったら失敗しない」「マミィはわかってていってるんだから、こうして」と散々言ってきました。 

 

でも、今は「私がいろんな知識やノウハウを持っているのは、私自身が失敗も成功も自分でしてきたから」ということや「子どもたちが大人になる頃、つまり未来は私が育って生きてきた時代とは違う」ということを知っていますし、さらに「私自身も親に同じように言われても自分のやりたい方法でやらなきゃ気がすまなかったなぁ」というのも思い出しています。 

 

ところで、この「子どもたちが大人になる頃の未来は今と違う」ってどんな感じだと思いますか⁉️ 例えば、私が子どもの頃に「私、大きくなったらマニキュアを塗ってあげる仕事をする」って言っていたら大人はきっと「〇〇ちゃん、マニキュアなんてお金払って人に塗ってもらう人なんていないよ。1週間で取れちゃうんだからそんなのにお金を払ってたら破産しちゃうしね」って言われてそうじゃないですか? 

 

でも今ではジェルネイルなど長持ちするネイルがあって、ネイルショップがあちこちにあります。 

 

ペットボトル入りのお茶だって売れるわけない、って言われていただろうし、Youtuberに至っては、インターネットさえない時代に想像もつかない職業だったし。(平成生まれの人はそうでもないか?!😅😆)

 

 まぁ、とにかく、私たちが今よかれ、と思ってしているアドバイスがまるっきしの的外れになる可能性もあるわけで、1つのことに対して答えがひとつ、というアドバイスをだと、ある意味AIと同じで、計算に入ってないことには対応しにくくなります。 

 

また、AIと子どもの違いは「こうすればよかったのに」と言われると「あなたのやり方じゃあダメなのよ」と否定されている気持ちになるところです😳 私たちは子どもを失敗せずに近道で伸ばしてあげたいからアドバイスしているつもりなのに、せっかくの愛があだになってしまう、なんてことになります。

 

これを避ける第一歩が「失敗は自分ですることに意義がある」を思い出すこと、だと思っていて、ブログのタイトルにしてみました。

 

これに関してはもっと話したいことがあるので、また書くかも知れません~。

 

ではまた♪