右手がなくなった。
なくなったというと少々語弊があるかもしれない。
とにかく僕の体の一部としての右手はなくなった。
朝起きて、右手に違和感を感じたと思ったら、体から右手だけ分けられていた。
誰かに切られたのかも知れないとおもったけど、切れ目には普通の皮膚があったのでおそらく自然現象であろう、痛みはなかった。
右手が無くなったのは別に僕だけではなかった。
父も母も姉もNHKのアナウンサーもみんな右手がなくなったと騒いでいた。
ニュースでは特番が組まれ何かの専門家がしたり顔で話していた。
どうやら全世界の全人類の右手は一夜にして失われたようだ。
そんな事態にもかかわらず世界は進んでいく。
父と母も姉もNHKのアナウンサーもいつもと変わらず仕事をするらしいので僕も学校に行くことにした。
腕時計をつけようと思って悩んだ。片手で腕時計をつけることができない。
どうしようか。
どうしようか。
結局口を使って付けた。かなり手こずった。腕時計はよだれでべとべとになった。
電車に乗ると片手を失った人たちが吊皮をつかめずにぐらぐらしていた。
学校へ行くとそこも右手がなくなった話題でいっぱいだった。
取れた右手をどうした?と聞かれて、その存在を忘れていたことに気づいた。多分布団の中で固まっているのだと思う。
ある人は飾った。と。
ある人は埋めた。と。
ある人は捨てた。と。
ある人は食べた。と。
今日は左利きの人が喜んでいた日だった。これでもう右利きに威張れる、と。
元から右手がない人はみんなが自分と同じになったことを喜んだ。
右手が大嫌いだった人はすがすがしい顔をしていた。
何日かすると誰も右手がなくなったことに対して何も言わなかった。
右手がなくなっても世界はすすみ時代は繰り返す。
生まれる赤ん坊にもう最初から右手はない。
取れた右手はどこかへ行ってしまった。
退化とはこうして始まるのだ、と思った。