今日は今悩んでいることを書き出そうと思う。

 

 

 

自分、

 

「〜すべき」とか「〜しなければいけない」

 

っていう風に考えるよりも

 

「〜しても良い」とか「〜しなくても良い」

 

っていう風に考える。

 

つまり、なるべく自分に縛りをかけないように生きている。

 

あまり自分にかけるルールが多すぎるとパンクするので。

 

 

しかし、自分に「〜しても良い」みたいな言葉をかけすぎたせいである問題にぶつかった。

 

 

 

 

 

選択肢が多すぎてどうすればいいのかわからないのだ。

 

 

 

 

 

選択肢が少なかったり無理やり自分の望まない選択肢を選ばされるのは勿論嫌だ。

 

だけど、選択肢が多すぎるせいで何を選ぶべきなのか迷うのも悩ましい。

 

そんな自分に「どうせ失敗する時はするんだし別にどれでもいいじゃん!」

 

って言い聞かせるけれども

 

それでもスッキリしない、納得のいかない自分がいる。

 

まさか自分のモットーに縛られる日が来るとは。

 

う〜ん、どうしよう。

昨日の記事の続きの内容になるけど

 

どうせ

 

気をつけたって

 

構えたって

 

疑ったって

 

何とかなるとは限らない。

 

 

 

だから

 

もういいんじゃないか。

 

 

 

どうせ一々そんなことしなくても大丈夫。

 

だって

 

どうせ失敗するんだし

 

どうせ騙されるんだし

 

どうせ完璧じゃないんだし

 

 

 

どうせ何とかなるんだし。

 

 

人は何らかの危険に襲われそうになった時

 

防御するために、

 

あるいは

 

攻撃するために、

 

構える。

(※逃げるって選択肢もあるけどここでは無視!)

 

 

 

 

 

その時の心と体は力が入ってガッチガチだ。

 

それを常日頃続けていたらどうなる?

 

 

 

 

 

きっと疲れるだろうね…。

 

もちろん

 

傷つくのは嫌だと思うのも

 

自分の身を守りたいと思うのも

 

自分の身に降りかかってくる危険を怖いと思うも

 

自然なことだし最もなことだろう。

 

 

 

 

 

しかし、

 

俺たちの怖れているそれって

 

一々身構える必要のあるのかな?

 

どうでもよいことに余計な神経をすり減らしていないだろうか。

 

そもそも気にしなくてもよいものもあるんじゃないか。

 

 

 

 

 

いつもだったらつい身構えてしまうところで

 

あえて身構えずに

 

力を抜いてみることで

 

逆に自分に良いことが起こるかもしれない。