気楽に考えるということについて

 

最近自分なりの考えが深まったので書いてみる。

 

 

 

 

 

 

話は数日前に遡るんだけど、

 

俺は、今では気楽に考えて生きている方だと思うのだが

 

この前、唐突にすごく病んで

 

Twitterに思いっきりネガティブなことをぶちまけてしまった、、、。

 

その時俺は

 

「全然気楽じゃないじゃん、、、。」

 

と思った。

 

 

あとちなみに俺は今、高校生とお話しをするボランティアをやっていて

 

そのボランティアで自分の過去を話したりすることもあって

 

で、俺はいつも高校生に

 

「俺、昔は嫌なこととか沢山あったし、これから先どうなるか不安だったけど今は楽しいし、気楽に考えて生きた方がいいよ!」

 

っていう話をしている。ざっくり言うと。

 

だから、こんなんじゃ

 

高校生に胸張って、

 

「気楽に考えよう!」

 

なんて言えないじゃん、、、。

 

と思った。

 

 

 

 

 

 

だけど

 

そんなことを考えているうちにふと気づいた。

 

俺は「気楽に考えられず、ネガティブになっている自分が嫌だ」

 

という気持ちになっていたけど

 

 

 

 

 

 

こういう負の感情さえも

 

受け入れることこそが

 

本当の、気楽に考えるなんじゃないかな?

 

と。

 

今までの自分は

 

負の感情になってしまった時に

 

「どうせ大丈夫、何とかなる。だから気楽に考えていいんだ。」

 

みたいに考えていたけど

 

逆にそれはストイックだったんじゃないかと思った。

 

心の中が罪悪感と義務感でいっぱいだったんじゃないかな。

 

(まあ、どうせ何とかなるんだけれども。死ななければ。)

 

あまり意識はしていなかったけど、無理にポジティブになろうとしていた自分に気がついた。

 

だから

 

もし落ち込みそうになったら

 

とことん落ち込んでいいし

 

泣きたい時は

 

とことん泣いてもいいし

 

イライラしたら

 

とことんイライラしてもいいし。

 

そんな感じで

 

負の感情すらも受け入れ、尊重することも

 

気楽に考えるということなのではないかと

 

思った。