第五章:同じ空を見上げている


日常は、静かに流れていた。

特別な事件もなく、研究も大きく進展するわけでもない。

だけど、彼らの心には、確かに“誰か”の存在が根を下ろしていた。


彼女たちはもういない――でも、決して“消えていない”。



🍑 桃谷太陽


観測スケジュールを終えた帰り道、太陽は夜の公園で立ち止まった。

頭上には、くっきりとした満月。


「カグヤ。君はこの空の下、2025年で何を見てるんだろう」


ポケットから、カグヤが描いた月面スケッチのメモを取り出す。

そこには「“人の心”は、陰影があるから愛しい」という走り書きがあった。


「俺も、君のいないこの時間を陰影として記憶に刻むよ。

それが“帰ってきたときのリアル”になるから」


空を見上げる。

見えない彼女が、その空の向こうで同じ月を見ている気がした。



🐒 猿田迅


夜間パトロールの合間。

コンビニで買った温かい缶コーヒーを片手に、迅は屋上に登った。


そこには何もない。ただ、都会の夜景と星空があるだけ。


「……なぁ柚希。お前も空見てるか? どこかで、この空を」


伝わらないかもしれない。届かないかもしれない。

けれど、“想いを向ける”ことは、いつだって自分の心を照らしてくれる。


「俺、もう逃げないよ。お前が帰ってきたとき、ちゃんと“おかえり”って言いたい」


言葉は風に溶けて消えたが、心の中には確かに残った。



🐦 雉川レオ


帰宅途中の河川敷。

人工灯の届かない空には、珍しく星が瞬いていた。


レオは胸ポケットから、小さなペンダント型メモリを取り出す。

ミナが旅立つ前に、何気なく手渡してくれたものだった。


「これに、私の観察ログが入ってるの。

もし何かあったら、これを見てくれればわかるようになってるから」


それは、まるで“感情のログ”だった。


嬉しかったこと。悔しかったこと。

そして、彼女が「レオに会えてよかった」と語っていた音声も残されていた。


「俺も、君に会えてよかったよ」


静かに空を見上げる。


同じ空の下、同じ想いを抱く。

それだけで、心はすこしだけ強くなれた。



彼女たちは過去にいる。

彼らは未来にいる。

それでも――

同じ空を見ていた。