第二章:揺らぐ気持ちと、ふれた風景
午後の陽射しが、浅草の石畳をやわらかく照らしていた。
カグヤたちは雷門をくぐり、仲見世通りへと足を踏み入れる。
「……ここ、データで見たよりずっとにぎやか。香りまであるなんて」
カグヤが思わず足を止める。
風に乗って漂うのは、焼きたての人形焼と線香の混じった懐かしい匂い。
「情報だけじゃ伝わらない。
人間の記憶って、こういう空気や匂いに結びついてるんだね」
ミナが手帳を開きながら、うれしそうにメモを取っている。
柚希は後ろから彼女たちを見守るように歩いていたが、ふとスマホを取り出した。
「……迅から、メッセージ?」
未来から持ち込んだ極小通信装置が、ほんのわずかに反応していた。
だが、受信はできない。時空の壁があるためだ。
それでも彼女は、そっと画面に触れ、未送信のメッセージを保存する。
“まだ、あなたの言葉にちゃんと向き合えていないの。ごめんね。”
柚希の胸に、うまく言葉にできない“揺らぎ”が残る。
告白され、うれしかった。
でも、その気持ちに応えきれていない自分もいた。
「ねぇ、柚希」
カグヤが振り返り、彼女に人形焼を差し出す。
ほんのり焦げた甘い匂い。
「食べてみて。“味”って、データにはできないものだから」
柚希は、一瞬戸惑いながらも、静かに受け取った。
「……ありがとう」
ひと口かじると、舌の上でふわっと甘さが広がる。
温かくて、やわらかくて、どこか安心する味だった。
「なんか、こういうの……いいね」
ミナが微笑む。
「ね、でしょ?
未来じゃ、ほとんど味覚もシミュレーションで済ませちゃってたもんね」
ふたりの言葉に、柚希も小さく笑った。
彼女たちの足元を、鳩が横切っていく。
その何気ない光景が、まるで宝物のように感じられた。
その夜、ホテルの屋上から見上げた東京の夜景は、やわらかなオレンジ色に包まれていた。
ミナは一人、手すりにもたれて遠くを見つめていた。
「兄さんも、きっとこの時代を眺めていたんだろうな……」
彼女の手には、古びたUSBドライブ。
それは兄が生前、こっそり隠していた唯一の“非公開記録”だった。
「この世界で、私は何を見つければいいの?」
そんな言葉が、夜空に吸い込まれていく。
カグヤ、柚希、ミナ――
三人の心に、それぞれの“揺らぎ”が灯り始めていた。
その灯りは、これから出会う誰かと、未来を変える何かを、静かに照らし始めていた。
