第一章:風が止まった午後


穏やかな春の風が、図書館の窓を優しく揺らしていた。

カグヤは静かに本のページをめくる。いつもと変わらぬ昼下がり。

けれど、胸の奥に小さな違和感が残っていた。


まるで、風の中に「もうひとつの声」が混じっているような――。


「……変ね、今日は静かすぎるわ」


何気なく開いた本の間に、白く小さな紙片が落ちた。

手に取ると、そこには手書きの文字でこう綴られていた。


【再接続要請】

個体コード:KAGUYA-03

観測対象:地球

認識誤差修正のため、同期を開始します。


「これは……?」


視界が一瞬、真っ白に染まった。

その瞬間――


──「ミッションコード再起動。記憶層、再解凍中」──


遠く、機械のような、でもどこか懐かしい“声”が、脳の奥に響いた。


カグヤは立ち上がろうとしたが、膝が震えて動けなかった。

身体の奥から、過去の記憶が津波のように押し寄せてくる。


冷たい金属の廊下、月面基地、白い無音の部屋。

“あの場所”が、突如として現在の彼女を侵食し始めていた。


「太陽……っ」


彼の名前を呼んだ瞬間、カグヤの胸元の小さなペンダントが微かに光を放った。


その夜。


町の修理工房では、太陽が静かに星を見上げていた。


「……呼ばれてる?」


いつものように、直感だった。

心のどこかが、ふいに痛んだ。


彼はカグヤの名前を、誰に聞かれるわけでもなく、そっと呟いた。


「……まさか、また“あの場所”が……」



🌓


月が雲間に顔を出したその夜。

どこかで、目に見えない“何か”が動き出していた。


カグヤの過去。観測者としての使命。

そして、かつてのもう一つの存在――NOEMAの覚醒。


この小さな町の平穏は、静かに終わりを迎えようとしていた。