第六章:名前の奥にある気持ち


その日、風が少し強かった。

海辺の草原で、カグヤはひとり、白いスカーフを手にしていた。


彼女が太陽からもらったものだった。

「風の強い日は首元を冷やさないように」――そう言って、軽く結んでくれた。


(太陽…)


初めて彼の名を、心の中でそっと呼んだ。

それは、地球に来てから初めて芽生えた「想い」の形だった。


カグヤは自分の感情が何なのか、まだうまくわからなかった。

けれど、彼の声に安心し、名前を呼ばれるたびに胸がふわりと熱くなる。


「カグヤさん、これ、一緒にやらない?」


彼は、ふいに手を伸ばしてきた。

その手の中には、簡易的な風力発電の小型キット。


ふたりは並んで、組み立てを始めた。

言葉よりも静かな時間。

風が吹き、影が揺れ、彼の手の動きを目で追いかける。


「……不思議なんだ」


「え?」


「誰かの“名前”を、こんなに自然に呼びたくなるのって…初めてかもしれない」


太陽が、ぽつりとつぶやいた。


その言葉に、カグヤは動けなくなった。


(名前って…こんなにもあたたかくて、こんなにも痛い)


その夜、ひとり部屋で、カグヤは胸元をそっと押さえた。

名を呼ばれるたびに、“わたし”が確かになる。

でも同時に、彼の声が胸の奥に降り積もっていく。


これは「観測」ではない。

これは――「感情」だった。


カグヤは、確かに気づいていた。


(私は、あなたを知らなかった。

でも、出会ってしまった――だから、もう、戻れない)



次章では、カグヤが“自分の想い”に向き合いはじめます。

心に芽吹いた恋と、それにともなう不安や戸惑いが描かれます。