デコヒーレンスの役割と世界分岐のメカニズム

量子力学の解釈、特に多世界解釈において中心的な役割を果たす概念です。以下にそれぞれの役割とメカニズム、そして両者の関係について説明します。
1. デコヒーレンス (Decoherence)
 役割:
   デコヒーレンスは、量子系が外部環境との相互作用によって、量子力学的な重ね合わせの状態が失われ、古典的な確率的な振る舞いへと移行するプロセスを指します。簡単に言うと、量子的な「あいまいさ」が失われる現象です。
  • 重ね合わせの消失: 量子ビットが0と1の両方の状態を同時にとるような重ね合わせ状態は、デコヒーレンスによって急速にどちらか一方の状態へと収束していきます。
  • 干渉性の喪失: 量子的な波の性質(干渉性)が失われ、古典的な粒子のような振る舞いが現れます。
  • 巨視的対象の古典性: 私たちが日常的に観測する巨視的な物体が量子的な奇妙な振る舞い(シュレーディンガーの猫のような状態)を示さない理由を説明する上で重要な役割を果たします。

メカニズム:
   デコヒーレンスは、主に以下のメカニズムによって引き起こされます。
  •  環境との相互作用: 量子系が、測定器だけでなく、空気分子、光子、熱浴など、周囲の環境と相互作用することで、量子系の情報は環境へと拡散していきます。
  • エンタングルメント(量子もつれ): 量子系が環境と相互作用すると、両者の間にエンタングルメントが生じます。これにより、量子系の状態は環境の状態と強く結びつき、量子系単独では純粋な量子状態を保てなくなります。
  • 情報の散逸: 環境へと拡散した情報は、実質的に追跡不可能となり、量子系から見ると情報が失われたように見えます。この情報の散逸が、重ね合わせ状態の消失を引き起こします。

2. 世界の分岐 (World Splitting / Branching)
 役割:
   世界の分岐は、主に量子力学の多世界解釈(Everett解釈)において用いられる概念です。この解釈では、量子測定が行われるたびに、測定結果の可能性に対応する数だけ世界が分岐し、それぞれの世界で異なる測定結果が実現すると考えます。
  • 波束の収縮の不要性: 観測による「波束の収縮」という量子力学の標準解釈における不可解なプロセスを仮定する必要がなくなります。
  • 決定論: 個々の分岐世界の中では確率的な現象が観測されますが、宇宙全体としては決定論的に進化していると考えられます。
  • 全ての可能性の実現: 重ね合わせ状態に含まれる全ての可能性が、それぞれ異なる分岐世界で実現していると解釈されます。
メカニズム:
   世界の分岐のメカニズムは、デコヒーレンスと密接に関連しています。
  • 測定とエンタングルメント: 測定器が量子系を測定すると、量子系の状態と測定器の状態がエンタングルします。例えば、スピンが上向きと下向きの重ね合わせ状態にある電子を測定すると、測定器は「上向きを検出した状態」と「下向きを検出した状態」の重ね合わせになります。
  • デコヒーレンスによる分岐の確定: この測定器と量子系のエンタングルした状態は、さらに外部環境と相互作用し、デコヒーレンスを起こします。デコヒーレンスによって、異なる測定結果に対応する状態間の干渉性が急速に失われます。
  • 独立した世界の形成: 干渉性が失われると、これらの異なる測定結果に対応する状態は、あたかも互いに独立した世界のように振る舞い始めます。それぞれの分岐世界では、特定の測定結果が確定したものとして観測され、その後の物理法則もその結果に基づいて展開されます。

デコヒーレンスと世界の分岐の関係
デコヒーレンスは、多世界解釈における「世界の分岐」を物理的に説明するための重要なメカニズムと考えられています。
  •  分岐のトリガー: デコヒーレンスが起こることで、量子的な重ね合わせ状態が、古典的に区別可能な複数の状態へと効果的に分離されます。これが世界の分岐の引き金となります。
  • 分岐した世界の安定性: デコヒーレンスによって異なる分岐間の干渉性が失われるため、一度分岐した世界が再び干渉し合って元の重ね合わせ状態に戻ることは極めて困難になります。これにより、分岐した世界は安定して存在し続けることができます。
  • 観測問題への解答: デコヒーレンスは、なぜ私たちが日常生活で量子的な重ね合わせを観測せず、常に確定した結果を得るのか(観測問題)を、世界の分岐という枠組みの中で説明するのに役立ちます。

重要な注意点
  •  解釈の問題: 多世界解釈や世界の分岐は、あくまで量子力学の「解釈」の一つであり、実験的に直接検証することは困難です。他の解釈(コペンハーゲン解釈など)も存在します。
  • 分岐の瞬間: 「世界がいつ、どのように分岐するのか」という正確な瞬間やメカニズムについては、まだ議論の余地があります。デコヒーレンスは非常に高速なプロセスですが、瞬時に完了するわけではありません。
  • 哲学的な含意: 多世界解釈は、宇宙のあり方や自己同一性など、哲学的な問いを多く含んでいます。
まとめると、デコヒーレンスは量子系が環境との相互作用によって古典的な振る舞いを示すようになる物理的なプロセスであり、多世界解釈においては、このデコヒーレンスが世界の分岐を引き起こし、それぞれの分岐世界で異なる量子的な可能性が実現すると説明されます。

参考資料
Google AI
量子力学