多世界解釈(Many-Worlds Interpretation, MWI)の提唱と基本的な概念
多世界解釈(MWI)は、1957年にヒュー・エヴェレット3世が博士論文「相対状態の定式化」("The Theory of the Universal Wave Function"または"Relative State Formulation of Quantum Mechanics")で提唱した、量子力学における測定問題に対する根本的な解決策の一つです。
1. 提唱の背景:量子力学の測定問題
従来の量子力学(特にコペンハーゲン解釈)では、量子系の状態は重ね合わせとして複数の可能性を同時に内包していますが、観測という行為によって、その重ね合わせが一つの確定した状態へと瞬間的に移行する(波束の収縮)とされていました。しかし、この「観測」の定義や収縮のメカニズムは、量子力学の基本方程式であるシュレーディンガー方程式からは導き出されず、理論に外部から導入されたものでした。
ヒュー・エヴェレット3世は、この観測の特殊性と波束の収縮という概念に疑問を抱き、量子力学の基本原理のみを用いて測定問題を説明しようと試みました。
2. 多世界解釈の基本的な概念
多世界解釈の核心となるのは、以下の主張です。
2.1. 波動関数の普遍的進化:
宇宙全体は、単一の、常に決定論的なシュレーディンガー方程式に従って時間発展する普遍的な波動関数によって記述されます。収縮のような非ユニタリーなプロセスは存在しません。
2.2. 相対状態と分岐(世界の分裂):
量子的な測定や相互作用が起こると、系(測定対象)と測定装置、そして観測者を含む宇宙全体が、可能な測定結果に対応する複数の互いに独立した状態の重ね合わせになります。それぞれの成分は、異なる測定結果が実現した異なる「世界」に対応すると解釈されます。この分岐は、観測者にとってあたかも一つの結果しか観測されなかったかのように感じられます。
エヴェレット自身は「世界の分裂」という言葉を明確には使っていませんが、彼の理論の帰結として、宇宙が観測ごとに分岐していくというイメージが一般的に理解されています。
2.3. デコヒーレンスの重要性:
デコヒーレンスは、量子系が環境と相互作用することで、重ね合わせの状態が急速に位相がずれ、干渉性が失われる現象です。多世界解釈において、デコヒーレンスは、異なる「世界」が互いに干渉しなくなり、独立した存在として振る舞うようになる理由を説明する重要なメカニズムと考えられています。デコヒーレンスによって、それぞれの世界における観測者は、あたかも一つの確定した結果しか観測していないかのように感じます。
2.4. 「自己」の分岐と経験:
多世界解釈では、観測者自身も量子系の一部として扱われます。測定を行うと、観測者の意識状態も測定結果に対応して分岐し、それぞれの世界の「自分」は、その世界で起こった特定の測定結果を経験します。したがって、一つの初期状態の「自分」が、測定後には複数の異なる結果を経験する複数の「自分」に分岐すると考えられます。
3. 多世界解釈のポイント
- 収縮の否定: 波束の収縮という概念を理論から排除し、量子力学の法則のみで現象を説明しようとします。
- 決定論的な時間発展: 宇宙全体の進化は、決定論的なシュレーディンガー方程式によって記述されます。確率性は、観測者の主観的な経験として現れます。
- 並行世界の存在: 可能なすべての量子的な結果が、異なる並行した現実(世界)で実際に起こると主張します。
- 観測者の普遍性: 観測者も量子系の一部であり、その状態も分岐すると考えます。
4. 多世界解釈の意義と課題
意義:
- 量子力学の形式的な一貫性を保ち、測定問題をエレガントに解決する可能性を提示します。
- 宇宙全体の統一的な量子力学的記述の可能性を示唆します。
課題:
- 日常的な経験との乖離(世界が分岐しているように感じられない)。
- 量子力学における確率(ボルンの規則)をどのように説明するかという問題(確率解釈の再構築が必要)。
- 他の世界との相互作用が原理的に不可能であるため、直接的な検証が極めて困難。
どの重ね合わせが安定した「世界」に分岐するのかという問題。
多世界解釈は、その斬新なアイデアと哲学的含意から、現代物理学における重要な議論の対象であり続けています。その妥当性や解釈については、現在も活発な研究と議論が行われています。
参考資料
Google AI
量子力学