明知遠山家(あけちとおやまけ)は、美濃国土岐郡遠山荘(現在の岐阜県恵那市、中津川市、瑞浪市の一部)を本拠とした遠山氏の一族です。鎌倉時代初期に遠山景朝の次男である遠山景重が遠山荘の淡気郷(手向郷)を相続し、明知城を築いたのが始まりとされています。

特徴と歴史:
 * 美濃遠山氏の一派: 明知遠山氏は、藤原利仁を祖とする加藤氏の流れを汲む美濃遠山氏の一門です。
 * 明知城を拠点: 鎌倉時代から明治時代の版籍奉還まで、約650年にわたり明知の地を支配しました。これは美濃の武家の中でも数少ない例です。

 * 戦国時代の動向:
   * 戦国時代には、他の遠山氏一族(岩村遠山氏、苗木遠山氏など)と共に勢力を持ち、「遠山七家」あるいは特に有力な三家を指す「三遠山」の一つに数えられました。
   * 織田信長と武田信玄の争いに巻き込まれ、一時は武田氏の侵攻により明知城を失陥しました。
   * 本能寺の変後、羽柴秀吉(豊臣秀吉)の勢力が拡大する中で、当主の遠山利景は徳川家康に従いました。
   * 関ヶ原の戦いでは東軍に与し、その功績により旧領を回復し、江戸時代には6531石の交代寄合(参勤交代を行う旗本)となりました。
 * 江戸時代: 明知城は一国一城令により廃城となり、代わりに明知陣屋を本拠地としました。5代当主の遠山伊清の時代からは江戸常駐の旗本寄合席となり、明知には代官が置かれました。
 * 菩提寺: 江戸時代以降の菩提寺は、岐阜県恵那市明智町にある龍護寺で、歴代の墓が現存しています。

 * 家紋:
   * 定紋:丸に二つ引両 - 足利氏の家紋を下賜されたとされています。
   * 替紋:丸に六本格子 - 元々使用していた家紋と考えられています。
   * 替紋:丸に九字 - 『寛永系図』に記載があります。
   * その他、分家では遠山九字直違も使用されました。

 * 著名な人物:
   * 遠山景重: 明知遠山家の始祖。
   * 遠山利景: 戦国時代から江戸時代初期にかけて活躍し、旧領を回復した当主。
   * 遠山景元(遠山の金さん): 明知遠山家から分かれた旗本家の出身で、江戸町奉行として活躍したことで有名です。

明智光秀との関係:
明知城は明智光秀の「誕生の城」とも言われることがありますが、史料的な裏付けは乏しく、近年では美濃国可児郡の明智長山城が有力視されています。ただし、明知遠山氏と光秀の出自である土岐明智氏は同族の可能性も指摘されています。
明知遠山家は、鎌倉時代から江戸時代を通じてこの地域に根を張り、歴史の中で様々な変遷を辿った家柄です。