司法浪人、という職業がある。
1年365日のうち、364日くらい、勉強しているか勉強の事を考えていることが常態化している人のことである。
いや、それで生計を立てているわけじゃないから職業とは言わないか。
ともあれ私は人生の5分の2くらい、司法浪人として生きていることになる。
先日、某弁護士ドットコムサイトで「スタバで長時間居座るのは適法か?」という質問が寄せられているのを目撃し、ドキッとした。
私がスタバに常駐するようになってから、早くも1年が経過している。
どのくらい常駐しているかと言うと、ドリップコーヒーのグランデ×2杯に、朝食と昼食とおやつを食べて帰る時間くらい、居る。1500分の1で出ると噂の、トールサイズ1杯無料の「当たりレシート」をここ2ヶ月で3回当てた程、使う。
当初は、おそるおそる「このコンセント、使っていいんですか?」と尋ねたと思う。帰って来たのは「もちろんです!」と清々しい笑顔。以来図々しく早朝からパソコンにネットを繋ぐようになった。
平均滞在時間が7時間を超えるようになった頃、心配になってネットで調べてみたことがある。
「スタバで店員から嫌がられる客」
スタバはノマドワーカーとかいう形態の働き方をしている人たちの旗艦店だとその時初めて知った。
アメリカでデスクトップPCを持ちこんで仕事している人がザラにいるらしい。それはさすがに嫌がられる、と。
私は「ノート」パソコンとiPadだから大丈夫だ、うん大丈夫だ。・・・と確認した筈だ。
まぁコンセント使用の許可がされていて、長時間居ることを店が容認している場合には違法になりようがないのだが、それはともかく。
スタバで、Mac Bookなどアップル社製の端末ををドヤ顔でいじっている人のことを、ドヤラーと呼ぶのだという。
また、スタバでPCをいじることをドヤリングというらしい。
しかも、その称号が流行ったのはもう4~5年前のことだというのだ。
そして、ドヤラーは世間から大変ウザがられていたということも同時に知った。
となると、一日中スタバで、東芝製だがPCをいじりつつ、アップル社製のiPadでストリーミング動画を見ている私は、立派なウザいドヤラーということになる。
意識して周りを見渡すと、確かに、私以外のほぼ全員のPCの背面には白く輝くリンゴのマーク。
実は私はスタバの他にももう一店、常駐しているカフェがあるのだが、そのカフェで客が持ち込むPCの全てにリンゴマークが灯っているのを不思議に感じていたのだった。まぁこのスタバもそのカフェも、都内随一のオシャレな街に鎮座してるからなぁ。
でもって何故ドヤラーにとってスタバなのかというと、スタバは三種の神器を備えているからだというのだ。
三種の神器、それは「Wi-Fi」・「コンセント」とあともう一つ、「オシャレ」。三つ目は「ドリップコーヒーお替わり100円」であるという説もある。多分、前者が正しい。
オシャレなスタバで仕事(らしきもの)をしてるオレ、ドヤってことなんだろう。
しかし司法浪人はどう考えても、ドヤ顔にはなれない。
何故ならば司法浪人は、朝スタバに到着して「いつもの席」=「窓際机が広いコンセント付きの席」を確保した後に、「いつものですね」と店員さんから「いつもの」=「ドリップコーヒーグランデ半分無脂肪乳をスチームで」をオーダーし、トレイに乗ったドリンクを机に置いたならば徐に商売道具である、六法はじめとするテキスト類をドサッと積み上げ、ペンケースをトレイに配置し、PCを接続し、iPadをWi-Fiに接続し、予備校のストリーミング配信される動画を開く。そして無言でiPadの画面とテキストを見続ける。画面には堅い容姿の予備校講師の尊顔と、テキストが写されるだけ。尤も1.5倍速で聴くので尋常ではない集中力が要求される。
そしてこれをカスタマイズされたドリップコーヒーを啜りながら延々見ているのが、司法浪人だ。
あるいは六法片手に2時間勝負で「論文」という名の答案を書き続ける。2時間の時間制限を課すのは義務なので、尋常ではない集中力が要求される。一心不乱に書き続け、書き終えたら自分にご褒美のコーヒーを。
座ったら最後、ストリーミング動画でおっさんの講義を視聴してるか、下を向いて答案を書いてるか、空を見上げてぶつぶつと暗記しているか。
この間どこで、どのタイミングで、どんな風にドヤ顔をすれば良いのだ???
誰か教えて欲しい。
私にとってのスタバでなければならない理由。それは、司法浪人生として私的に必須の勉強場所七つの要件を備えているからである。
①明るい。
②窓際又は出入り口横。
③長居できる。
④適度な喧噪。
⑤眠気覚ましドリンクをいっぱい飲める。
⑥Wi-Fi&コンセント。
⑦冷房の送風口の下ではない。
なんか「店」というより「店内の場所」の話が混じってるか。
それよりも、私にとって最大のスタバでなければならない理由、それは「幸せ」があるということだ。
その幸せとは、「イケメンにコーヒーを煎れてもらう幸せ」。
スタバって、イケメン店員率高くないか?いや、たまたま私が立ち寄るスタバのイケメン率が高いだけかもしれないが。
このところお気に入りのイケメンがいる。私は勝手にその容姿から、「私の向井理」と呼んでいる。色白たおやかでフェミニンな雰囲気が私の好みに直球ストレート。彼はスタバ接客術のマニュアル通り、とてもフレンドリー、だけど、ちょっとだけ自分に「だけ」笑顔が多い気がする。いや、そんな錯覚を起こさせる。
私がいつも「今日も向井理に会えた」「向井君が今日も爽やかすぎる」「向井君が私の席までコーヒーを運んでくれた」と騒いでいるので、勉強のパートナーが「私もお気に入りの可愛い店員、いないかな」と言い出した。
ある日彼が「土屋太鳳ちゃんに似た子が、注文を取るとき私の目をじっと見るんだ」と言った。以来スタバに行く度に、土屋太鳳土屋太鳳うるさい。しかしいつ行っても太鳳ちゃんはおらず、結局見たのはたったの1回だけだったという。私は「最初からいなかったんですよ。勉強疲れで幻でも見たんじゃないですか」と言い、パートナーを大いに凹ませた。
意趣返しとばかりにパートナーは「向井君は君を明らかに意識している」だの「向井君は君の方をチラチラと見ていた」「向井君が君を見る目つきが違う」だのと適当な事を言って私を煽り遊び始めた。勿論1ミリでも真に受ける程私も愚かではない。常連さんというよりは、余りにも居すぎるいつもの客が来たと思っているだけである。しかし言われて悪い気はしない。
向井君の仮想視線を背中に感じ、ますます勉強のモチベーションが上がり、ますますスタバ通いに精が出るというものだ。
司法浪人が1年で唯一、「ひと息」つける日、試験翌日あたりのある日のこと。
私は思いきって、向井君に話しかけてみた。
「あの変な生き物みたいなものは何ですか?」
スタバの店舗に掛かっている絵のことだ。変な帽子を被った人面に、4本足がくっついている、気味の悪い絵である。
向井君は丁寧に答えてくれた。マニュアル通りの「フレンドリー」な対応と分かっていても、やっぱり嬉しい。あぁ、幸せだ。
ふとオーダーしたカップを見ると、可愛い絵が描いてある。店員さんが時々書いてくれる、カップの絵だ。まるで夕焼けのようなマンゴーパッションティーに、向井君が書いてくれた絵。あぁ、幸せだ。
多分その瞬間だけは、私の顔はややドヤっていたかもしれない。
その翌日。
向井君が別の客のオーダーを聞いてサラサラとカップに絵を描いているのを見た。
あぁ、ハートブレイク。
それでも私は、今日も明日も明後日も、スタバで勉強する。
いつものように、いつものドリンクをオーダーし、いつもの席に座って、ただひたすらに修行するのだ。