ネットで加害者の個人情報が、見るに堪えない罵詈雑言と共に、続々暴かれ、晒されている。
一方が出過ぎるとバランスを取ろうと、自然と反対意見若しくは抑止的意見が出てくる。
たとえば

 これは加害者いじめだ

 加害者にも人権がある

 加害者を保護すべきだ

ちょっとテレビで聞きかじったのだが、教育評論家らしき人が、
「加害者を緊急に保護しなければなりません」
と最後に付け加えていた。
・・・愚かな。その時は既に、超法規的報復措置として、
加害者たちはちゃねらーによって危険に晒され済みだし、
それ以前に既に、加害者は殆ど転居・転校済みだった(それが分かったのも2ちゃんねるによってだ)。
加害者は自分たちの身を守る事には長けている。


加害者に人権はないのか?


昔・・・余りに有名になってしまった、何の落ち度もない女子高生を、
複数の少年が拉致しなぶり殺しにした事件があった。
あの時、取材をしていた週刊誌の記者達が、取材先から目を真っ赤にして戻ってきたそうだ。
それも毎日、毎回。
私生活においては一人の親として、聞くに堪えない蹂躙行為を報道する立場として、
週刊文春は一つの決断をしたのだった。
「野獣に人権はない」
という大義名分の下、主犯格の4名の少年の、実名を掲載したのである。
犯罪を犯した少年の実名を掲載することは、少年法61条で禁止されている。
しかし、実名報道をしたとしても罰則がない為、事実上、
マスコミによる自主規制というのが運用の実態だ。

一方、2000年に入り、「長良川リンチ殺人事件推知報道訴訟」が提起された。
実名が推知されるような書き方で記事を書かれた加害者の少年が、
出版社を「名誉権・プライバシー権の侵害」を理由に損害賠償請求をしたのである。
これも「人権教育」のなせる技なのか。




加害者の人権問題。
これは、法律、特に憲法を学んだ人にとっては、明快な答えを用意することができる。

加害者にだって、人権はある。
だから、いくら人を殺したからといって、
私刑を喰らわせても良いということにはならない。
その国の法規に則り、「適正に」「適法に」処罰する、
つまり「合法的に、その人の人権を奪う」事が出来るだけだ。

長良川リンチ殺人事件の加害少年は、確かに、名誉権・プライバシー権という
重大な権利を侵害された。それも事実だ。


加害者にも確かに人権はあるんだが、
それを加害者が、主張して良いのかという問題なのだ。
人の人権を奪うだけ奪っておいた加害者が、自分の人権を主張するということ、
それが法的に可能であるということと、
それが人として倫理的・道徳的に許される行為なのかということは、別問題
だ。



野獣にだって、人権は、ある。
しかし、それを主張する事はできない。絶対にできない。

少しでも人の心が残っているならば、
主張できない筈なんだと思う。
自分の犯してしまった行為を詳らかにした上で、真摯な反省の態度を示していれば、
自らの人権を危険に晒す結果にはならなかった筈だ。
そうだ、彼らの状態を表現するのにぴったりな、日本の昔の言葉があったじゃないか。


 盗人猛々しい


加害者連中は、自らの人権などとふざけた事を口にする前に、
事実を詳らかにし、心から謝罪をする義務がある。
今からでも遅くない。
盗人にも五分の魂ってやつを、見せてくれ。



注:「盗人にも5分の魂」は実際には存在しないと思われます。「盗人にも3分の理」と「一寸の虫にも5分の魂」を掛け合わせた、私の造語です。