私が福島先生の講座を受けて、どんな変化が起きたか?
そして福島先生の講座ってどんな内容・雰囲気なのか?
語りました~(⌒▽⌒)
福島正伸先生の
『超人気コンサルタント養成講座 in 札幌』
一生使える卓越したマインドセット(メンタリング・マネジメント)の本質をたった2時間で理解できる講座
【突き抜けた講演会】
10月31日、1000人の方が札幌市民ホールで先生の講演を聴きました。タイトルは「夢は叶う、仕事って楽しい」。仕事の意義、夢を追うことの重要性を子供でもわかるようにお話をしてもらいましたが、大人こそが聴くべき話でした。大人として、上司として、取引先として、講師としての「在り方」を本質からお話をされました。
<<詳しくは>>
参加者の感想は・・・・
★講演会は共感、共鳴の嵐でした。凄い人って日本にまだまだいるんですね。
★あれだけの突き抜けたマインドを持っている方の講演は初めてでした。 おかげで、現在自分の目の前にあるマインドブロックの姿が講演前より浮き彫りになった気がします。
★涙と笑いの渦!!隣の席の見知らぬ方と一緒に泣いたり笑ったり。終了後(初めてお会いした)隣の方と「本当に素晴らしかったね!」と語り逢いました。
★予想をはるかに超えて役に立った。
★これは凄かった。また情報があれば必ず教えて下さい。
★終わった後のトイレで子供は予想より面白かったと言い、自分は自然と泣いていました。
★手を大きく上に挙げて拍手をする方が多く、こんなにお客さんを惹き付ける方は初めてで驚きました。 など
福島先生に習った者として、たった今我が身に起きたエピソードを御紹介します。
10月31日、福島正伸さんの講演会がありました。私は、前日まで集客をしていました、1,000人以上に聞いてもらうためには、ありとあらゆる事をします。(これも福島正伸イズムです)


私の子どもがこの秋、和歌山のインターハイに行きました。千歳空港まで子どもを送った際に、部の先生にフライヤーを渡しました。
「体を鍛えるのは普段やっているでしょうから、部員のメンタルトレーニングに来て下さい。有志でカンパしたので、参加は無料です。」
*ありとあらゆる事のひとつです。
残念ながら私の話が拙かったせいか、会場には現れませんでした。対抗戦が控えていたので通常の練習を組みました。仕方ありません、常勝を義務付けられているチームを率いる監督にとっては、貴重な練習時間ですから。私が監督なら同じことをしたでしょう。
しかし、たった今、監督から携帯に電話がありました。最初はドキッとしました。練習中に子どもがケガでもしたのか・・と。
なんと話は、福島先生の事でした!
この高校の教頭先生が10月31日の講演会に来ていたそうで、たまたま学校でその話題になったそうです。「それうちの生徒の親が関係しているはずですよ。」と言って監督は、私の名刺を見せました。
「あ!この人、司会やっていた人だわ!この人に福島先生の事を聴けないかな?」と、言う事で26日に教頭先生から、お電話が来ることになりました。私のスケジュールが24日25日と朝から深夜まで入っていなければ、今すぐにでも話したい!くらいでした。
終わって約1ヶ月、でも参加者の心に残る。それが福島正伸さん。
11月1日で私は、創業して13年目に入りました。
サラリーマン時代は、広告代理店、出版社と2社勤めました。
両方の会社で、営業No,1になりました。
そして独立。
と言うと順風満帆に聞こえますが、
独立した経緯は、そんな格好の良いものではありません(-_-;)
体を壊して、泣く泣く辞めたのです。
うつ病になったのです。
休職後、職場復帰しましたが思うようにいかず
この環境にいたら、また繰り返すと思い辞めました。
スタートは後ろ向きな動機でした。
自慢できるような
立派な起業だったわけではありません。
でも、幸いにして
独立直後に、サラリーマン時代のお客様が
そのまま大きな仕事を発注してくれたので
滑り出しは順調でした。
順調だったんです。
そう、そこまでは・・
大口が2年経って無くなってしまいました!!
そこで、これからどうして行こうか・・・・
と考えました。
独立直後から求められ、
サービスでやっていた広告のアドバイスと
フリーの広告マンの2本立てで
行くことを決心しました。
広告についての客観的なアドバイスができる人が
いないことに気付いたのです。
ニッチを探し当てた訳です。
広告代理店(大手)が面倒くさいから
手を付けていないわけです。
しかしニッチと言っても
あるようで無かった仕事です。
市場はありません(-_-;)
当然、苦戦の日々が続きます。
松下幸之助さんが部下に残した言葉
「市場は奪うものではない、創るものだ」
「人にはまだまだ開拓していない未開の原野がある」
講演で、この話を聞く度に
自然と涙がこぼれました。
それくらい今の路は正しかったのか
自信がなかったのです、数年間も・・・
しかし2009年、転機が訪れました。
創業して6年が経過していました・・・
(続く)
