○○さんのブログ(私に精神医療の疑惑を自覚するきっかけをくれたブログ)に不登校のため親に精神医療を受けさせられ貴重な青春の数年を無駄にした青年の話が有ったので又、意見を書いてみたいと思います。
子供が思うように育たなかった時、何故、その親たちは常に子供自身に原因がある(病気)と考えるのだろう?
親自身を含めて周りの環境が子供を苦しめていると考えないのか?
答えは子供自身のせいにした方が簡単だから。
精神科に連れて行って薬を呑ませれば社会に適合した自分に都合の良い子供が出来上がるはずだと本当に都合の良い解釈をするから。
もちろんそこに至るまで親も周りも苦しんだとおっしゃるだろう。
でも何故社会に適合してい無ければいけないの?
引きこもって何が悪いの?
苦しい、辛いから学校に行けない。
会社に行けない。
それの何が悪いの?
辛い子供に病名を付けて自分が呑んだこともない毒薬を飲ませて親としてなすべきことをしたと言う。
そういう私自身悩んでいる娘にせがまれて、自分の心療内科を紹介してしまったことがあった。
無知故の大罪である。
元々馬鹿だが、自分自身が薬漬けの脳みそだからきちんと考えることも出来なかったのもある。
誤りに気付いて薬を止めさせようとして娘との関係が最悪の中、私は断薬した。
薬に汚染されれば当人の強い自覚が無い限り、逃れられない。
娘は成人年齢で引きこもらなかったから医者との縁を切ることも難しかった。
見守ることしかできなかった。
私は辛かったら家にいても良いと思っていた。
社会と戦うのに薬物中毒に成るなんて本末転倒だと思った。
ともかく、薬も医者も私たちの心と体を癒やす物ではなく傷つけ破壊する物だと私自身が身をもって知ったからである。
それでも一度、精神医療への道を教えてしまった罪は、消えることがない。
薬で麻痺させて信頼を得た医師より母の言葉を信じさせることがどれほど困難か?
しかし敢えて言う。
それは親の罪だ。
まして請われもしないのに無理に子供を破壊してしまう医療に逃げるなと。
それは手抜きの愛である。
最後に今、私の娘は多分薬は呑んでいない。
親に縛られずに生きているので確証はないのだけど。
保護しようとする私の手を振り払って彼女は自活し、伴侶を見つけた。
それが、ずっと続くのかどうかは誰にも分らない。
けれど母の私が思っていた以上のエネルギーを彼女が持っていたことは事実である。
待つのは苦しい。
苦しくても待ち続けることも一つの選択と思うのは私の思い上がりだろうか?
