東北の震災が私が身分不相応なマンションを買うことになった原因と言ったら、何でも震災のせいにするなと言われるだろう。

私の住んでいる県は東京を挟んで遙か西にあるのだから。

確かに東京で暮らしていた娘が毎日の地響きにおびえ、生まれ育った家に帰ることが出来ず、私の1Kのアパートに転がり込んできたのは私が彼女の生家を追い出されてしまったからだ。

彼女が生家に居続けたら私も追い出されることはなかったし、彼女も帰る家を失うことはなかった。

そのことと、職に就けない不安が相まって一人で地響きの中に暮らし続ける気力も無くなり、誰も宛てに出来ず母の元に来たのである。

こちらも計画停電はあるし、私はフルタイムで働いているし、頃合いの貸家を探している時間も無かった。

中古とは言え数千万の出費である。

貯金を使い果たすが、1kのアパートで身を震わしてうめいている娘の姿を見たら、躊躇する余裕は私にはなかった。

不動産を買うなどと言うことは初めてのことなのに4月の初旬には契約を完了していた。

年度初めの土日も出勤している中での引っ越しをすませ、疲れていた私は路上で転び骨折した。

骨折したことにすら気付かずパンパンに膨れた患部をかかえて仕事の段取りして整形外科に行ったらタクシーで総合病院に行けと言われもう家にも帰れず入院手術である。

ボルトを入れなければ繋ぐことの出来ない骨だった。

一週間入院しろというのを手術を中日にして2泊3日でそのまま休日出勤した。

骨を折ろうが入院しようが仕事はなくならないのである。

地震が原因の全てではない。

そのほか全ての巡り合わせなのだけれど私の悲惨な日々に東北の震災も大きく影響しているのは事実である。

 

ところで私は、自分では東北の野菜をできるだけ避けているし、福島産など決して買わない。

こう言うと、「風評被害だ、偏見だ、現地の人々に追い打ちをかける。、年寄りが放射能なんかの影響なんて出る前に終わる」とかお叱りを受けるのである。

その通りである。今更私が食べたってどうと云うことはない。

(福島の野菜、果物、立派で安価なのです。)

けれど、それを高齢者が受け入れればいつか、全ての人が受け入れるべきとなり、原子力事業の失敗責任もなし崩しにされていきそうだから「蟷螂の斧」で抵抗しているのである。

チェルノブイリの事故の時、私は娘を身ごもっていた。

妊娠中も不安だったし、生まれてから食べさせるものも不安だった。

食べるものを自力で選べない環境だったのも辛かったが。

それが国内での事故である。

幼子と育てる母と。

それを思うと決して許してはならない。

地震は天災だが、原発事故はまごう事なき人災である。