先日、家族で焼肉屋にいったときの話です。

その店は安くて美味しくて我が家のお気に入りの店ではあるんですが、昨日はある店員が注文をちゃんと理解してくれなく、多少不愉快な思いをしました。

例えばカルビとカルビクッパを頼んだのに、カルビの注文が通っていなかったような話です。

他にも、似たような商品名のものを両方頼んでいたのに、一方しか通っていものがありました。

注文をしたものが、通っていなかったから食べるものが無くなってしまってイライラしていたら、肉を焼く持ち運び式の七輪を片付けようとしたんですよね。それも二回も!

結局、注文が漏れていたものも全部頼み直したためお腹はいっぱいになりましたが、非常に長い滞在時間となりました。
昨日の朝日新聞に、30数年前にモスクワ放送を聞いていた、当時中学生の男性の話が書かれていて興味が湧きました。

インターネットの無いこの時代に多くの中高生が海外の短波放送を聴いていました。

特に東西冷戦の時代に、ソ連、北朝鮮、中国といった東側の日本向け放送を聴くことは、中学生にとって大人びた行動にも思えました。

さて、驚いたのは、モスクワ放送で日本向けの番組を担当していたアナウンサーの一人は、戦前にソ連に亡命したあの岡田嘉子さんだったというのです。

昨日の朝日新聞でこの事実を知って驚いている中高年は何万人もいるでしょう。
昨日は、下の娘の自転車の練習のため、家から3~4㎞離れた公園に車に自転車を積んで、娘と二人で行きました。

歩いてすぐのところにも公園はありますが、自転車の練習にはある程度の広さが必要なので、上の娘の時もこの公園で練習をしました。

自転車の練習も終えて、娘が滑り台で少し遊んでくると言って向かって行ったので、僕はベンチに座ってひと休みしていました。

ところが数分くらいで、同じ歳くらいの女の子を連れて戻って来たのです。

知り合ってから友達になるのは早すぎと思って、その子の顔をよく見たら近所に住んでいる女の子でした。

彼女も両親、妹とこの公園に遊びに来ていたのです。

近所に住んでいて、お祭りや学校行事で何度も会ったことがありますが、子供たちが一緒に遊んでいる間、それを見つめながらの世間話は多少照れ臭いものでした。