父が他界して思うこと | かのっちのブログ

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エッセイのように、散文のように

 3月9日に実の父親が90歳で他界した。四九日と納骨も終えて、いろいろなことを考えた。その中で思うこと。

父は私のことをどう思っていたのだろう。どんな奴だと思っていたのだろう。バカな奴だと思っていたことは分かるが、本当のところはどう評価していたのだろうかと考える。

 30年前に他界した母親も、私のことをどう思っていたのだろうか。どんな人間だと思っていたのだろうか。何も話してくれないまま、亡くなっていった。大学3年の時に他界した祖母はどう思っていたのだろうか。孫である私をどう思っていたのだろうか。もちろん、高校1年の時に他界した祖父はどう思っていたのだろうか。

 考えてみると、誰も私のことを評価しないまま、あるいは「お前は・・・だった。」などと言ってくれないまま亡くなってしまっている。そのことが何となく寂しく思うようになっている。家族にとって、私という人間はどんな人間だったのだろうか。気になるけど、もう分からないままに過ぎていくことになる。

 18歳で「こんなところに居られるか!」と思って山形を捨てた。そして、自分なりに生きてきた。もちろん、家族のバックアップがあったことは間違いない。しかし、18歳で家を離れたことが最大の親不孝なのではないかと薄々気づくようになったのは40歳ぐらいになったころであった。つまりはずっと親不孝を続けてきたことになる。そんな私をどう思っていたのだろうか・・・・・・・・・。

 「孝行をしたい時には親はなし」 そんなことをやってきたような気がする。そんな親不孝をしてきた自分をを評価してくれる人は誰もいなくなった。それが淋しい気がする。私とは一体どんな子どもだったのだろうか、孫だったのだろうか・・・・・・・・・。