こんにちは、かもたです。

最近は学会の準備や奨学金申請の書類準備に追われ、全く記事を投稿できていませんでした。

思えば1年前に記事の更新が滞ってしまったのも、同じような理由だったなあと…笑

 

今日は薬学に全く関係のないお話。

 

ご存知の通り、ちょうど10年前の2011年3月11日、東日本大震災が発生しました。

 

当時高校1年生だった僕は、テスト期間ということもあって部活もなく、地震発生時は千葉の自宅にいました。

今までにないほど大きな揺れに反して、やけに冷静だったのをはっきり覚えています。

揺れている間、「このまま死ぬのかなあ。痛かったらイヤだなあ。」なんて考えていました。

 

幸い、僕の自宅にも、家族・親族・友人にも大きな被害はありませんでした。

 

マスコミが連日のように伝える被害状況。

何もできない無力感を覚えています。

 

高校生でも、周囲の反対などを振り切って、被災地に足を運ぶこともできたのかもしれません。

でも当時の僕には何もできませんでした。

 

そして2019年秋、二度の大きな台風が関東を襲ったとき、僕は何度か被災地に足を運んで片付けのお手伝いをさせてもらいました。

 

正直、被災地に行っても無力感がなくなるなんてことはありません。

たぶん、実際に現地で作業をして、途方もない瓦礫や泥の量に圧倒されて、そして作業は全く進まなくて、かえって無力感は増すのではないでしょうか。

 

「微力だけど、無力じゃない」

台風の被災地支援を引率してくれたスタッフの方に言われた言葉です。

本当にその通りだと思います。とても救われました。

 

特に東北の被災地の方々にとっては、みんなで力を合わせて少しずつ、少しずつ前を向いて歩いてきた10年だったと思います。

1年ほど前に福島で復興のお手伝いをさせていただく機会がありましたが、前に進む力の強さを鮮明に覚えています。

 

震災から10年が経ちましたが、今は当時とは違う困難が日本だけでなく世界を襲っています。

新型コロナウイルスがいつ収束/終息するのか、まだわかりません。

 

この10年で変わったことと言えば、”僕にできること”が少しだけどできました。

最近全然更新していないので偉そうなことは言えないのですが、ライフサイエンスの面から、皆さんのヘルスケアに貢献できる知識は少しずつ身についてきました。

 

医療現場で戦ってくれる人、生活のインフラを整えてくれる人、衣食住を支えてくれる人、僕らの人生に彩りを与えてくれるようなサービスやエンターテイメントを提供してくれる人、たぶんどれか一つでも欠けたらダメです。

 

震災から10年という節目とコロナ禍という状況が重なって、今日ほど生きることの意味を考えた日はないんじゃないでしょうか。

自分のために生きることも、誰かのために生きることも、どちらも大切だと痛感しています。

 

優しい世界、作りたいですね。

また明日からもみんなで頑張りましょう。

ではでは。

 

。。

。。。

 

…ホワイトかもたはここまで。

 

ここからはブラックかもた。

このブログで黒を出すのは初めてかもしれない。

 

。。。

。。

 

震災発生当時、放射能がどうとか、人々の不安を煽るようなニュースがあったりして、正しい情報にアクセスする重要性が浮き彫りになりました。

 

あれから10年経ってどうでしょう?

最近ではコロナウイルスのワクチン接種にかかわる賛否の議論が交わされていますが、特に否定派の方、正しい議論ができていますか?

 

10年前の原発事故に関わる放射線問題も、現状のコロナウイルス関連の問題も、普通に生きていたら知ることのない専門知識がたくさん必要になります。

 

わからないから不安になったり、調べても専門用語の羅列で余計に不安になったり、それは当然のことだと思いますし、そこで丁寧な説明をするのも専門家の責務です。

 

たくさんの角度から情報を見た上で、ワクチンを接種しない判断をするのはいいと思います。

ただ、自分の不安を裏付けるためにネガティブな情報をピックアップしてはいませんか?

 

今回のワクチン然り、調べれば副作用などの例はたくさん出てきます。当然です。

でもそれは、全てのワクチンや医薬品に言えることです。

なんだったら食品にも言えることです。

 

副作用の割合なんて低いから無視しろ、なんて言っているわけではありません。

でもその情報は、あなたの不安に根拠を持たせるためのものではないんです。

 

それともう一つ。

「PCR検査の陽性 ≠ 感染」を行動の免罪符にしている人たちがいます。

確かに陽性すなわち感染ではありませんが、陽性者が極めてウイルスに近づき、ウイルスと接触する機会があったことは確かなのです。

感染者にならなかったことは、ただ運が良かっただけなのです。

もう一度、自分の行動を考え直してみませんか?

 

最後に。

僕は新型コロナウイルスのワクチン接種に対して賛成派です。

既存のワクチンとは異なるメカニズムなので、まだ長期的な安全性については不透明な部分もあります。

賛否の議論の場において、コロナにかかるリスクと、ワクチンの副作用のリスクが天秤にかけられることが多いように見えますが、”コロナを人に伝染すリスク”がすっぽり抜けてしまうのはなぜでしょう?

 

今はネット上にたくさんの情報があふれています。

1日2日調べただけでわかってしまうような知識は疑ってかかるべきです。

だって僕が明日からいきなり、株価についてわかったような話を始めたら、絶対に騙されているって、怪しいって思うでしょう??

 

この10年で、メディアリテラシーがさほど変わっていないのは残念に思います。

 

僕も薬の研究者の卵として、相談を受けたら全力で調べて返します。

ちょっと時間は必要ですが、そこはご容赦ください。

 

本当の意味で、優しい世界になりますように。