今年後半は、仕事の関係で夜も休日もたっぷり余暇時間を持てなくなって
ブログの更新どころか動画も小説も、ままならぬ状態になってしまい、
楽しみにしてくれている一部の皆さんをガッカリさせてしまって申し訳なく思います。
(まあ、本当にマニアックな人に限られていると思いますが)
ちょろしでさんたちとは、Face Bookでまめにやりとりしているのですが
(先日の「それサラ」でのおバカなサプライズ企画の話とかw)
立ち上げたFBグループ「GKFC」も具体的な動きにつなげられておらずで、
重ねて申し訳ない!
そんな今年の半年のていたらくぶりを振り返り反省し、
来年はちゃんと自分発信を復活させて、来るソシコンの盛り上がりに乗っていこう!
とそんなふうに思っております。(なんか1年の総括風w)
さて、あちこちで話題になっているJ-SONE連合発足と統一掛け声企画。
これまで、あちこちのサイトを覗きながら成り行きを見守っていますが、
ファンの数だけ、応援スタイルの数があるのだということを、再確認した感じです。
ソシへの思いの強さによっても違うし、得手不得手もあるだろうし、
年齢による違いも、そしてソシの何が好きなのか、誰が好きなのかによっても。
大きなくくりでの統一掛け声賛成派でも反対派でも、
その中の1人ひとりを見ていくと、きっと微妙に意見が違うんでしょうね。
掛け声普及活動のみでとらえた場合、今回のJ-SONE連合の役割は、
韓国でいう公式FCのポジションなのだというふうに理解しています。
あちらでは公式FCが整えた掛け声を、各ファンクラブやファンが踏襲し、
必要あらばマイナーチェンジを公式FCと調整しながら、成立させているようです。
残念ながら日本の公式FCで、そうした動きがないため、来年のソシコンに向け
J-SONE連合として動き出したというところかと理解しています。
この動きに反応して、日本の公式FCがその役割を果たすようになってくれれば
一番、おさまりがいいカタチになるはずですし、J-SONE連合の理想も
そこにあるのではないでしょうか?(と勝手に解釈してますが)
あちこちで繰り広げられている掛け声のありやなしや、という議論において、
僕はひとつ、考えの軸を持ってます。それは
「掛け声は声援(エール)にあらず、楽曲の持ち味を引き出す音楽的要素のひとつ」
だという思いです。ちょっと小難しく言ってみましたが(笑)
(曲間にかけるような言葉にならないシャウトや、
アンコールのコール、ステージが始まる前の「ソシー!」とか
メンバー名の連呼は、自分の思いをぶつける"声援"に属するものだと思います)
掛け声は、自己満足のものではなく、
アーティストたちの作品に参加するという側面を持っていると思います。
フックソングの「Gee」や「Oh」や、掛け声代表曲のような「Kissing You」は
ファンが掛け声で参加することで、楽曲の持ち味が引き出されているはず。
そして同じ曲でもTPOによって、ベストなスタイルは変化するとも思います。
例えば「Gee」のJAZZアレンジVerとかは、掛け声のイメージは持たないですよね。
大事なのは、アーティストと同じレベルでその楽曲を理解し、どんなふうにすれば
聴き手に喜んでもらえるか、楽しんでもらえるかを最優先に考えること。
じっくり聴いて欲しい曲もあるだろうし、一緒に盛り上がりたい曲もあるでしょう。
あるいは普段は掛け声ありの楽曲でも、ステージの構成やアレンジの都合上、
じっくり聴かせたい時もあるはずです。
「私はここで掛け声がしたい」ではなく
「ソシならここで掛け声を入れたいはず」というベクトルで
臨機応変に考えていかないとダメだと思うのです。
良かれと思ってやったことが、結果的にアーティストの望まぬ結果につながることほど
残念なことはありません。
(まあ、それでも、アーティストは笑顔で「ありがとう!」と言うのでしょうが)
これまでに提案されている掛け声の中には、残念なことに、
ごく一部、そういう視点で考えられていないように思える案も見受けられます。
(あくまで僕の主観ですが、おそらく大多数の人が違和感を抱くと思っています)
正直、掛け声は軽々しく、素人が考えるものではない気がするのです。
韓国FCがどういうシステムで掛け声をリリースするのか分りませんが、
作曲者や作詞者などとも打ち合わせをしながら、楽曲の魅力を高めるために
プロの観点で考えられているのではないでしょうか?(憶測ですけどね)
本来であれば、日本の楽曲の掛け声も、その必要性もひっくるめ
コンポーザー側から提案してくれると一番いいのですが、それが無理なら
ソシの楽曲を深く理解しているその道のプロにお願いしてはどうだろうか、
なんてことを思ったりしています。
最終的にどういうところに落ち着くのか分りませんが、
応援のひとつの方法として、掛け声というスタイルが存在するのはいいと思います。
ただ、それは本当にその楽曲の魅力を高めるために必要なのか?
ファン側の「一緒に歌いたい」という自己満足に終わってしまうものに
なっていないか? 掛け声をしない人にとっても、
掛け声を含めて受け入れられるものになっているか?
そんな観点で広く受け入れられるものになってくれることを願います。
ソシの楽しみ方に正しいカタチはありません。
自分と楽しみ方が違うからといって、相手が間違っているという
理屈はどこにもありませんから。
追伸 ようやく、ソウルコンのDVDを入手しました。
暮れの休みは、T-ARAの武道館と、KARASIA、まだ未見の
I AM.付属のSM TOWN@NYとあわせて、部屋で一緒に歌って楽しむとしますw
