私がこのブログを書こうと思ったのには、理由があります。
私は24歳で結婚しました。
それまでは辛いことがあっても、前向きに生きてきたつもりでした。
でも、結婚後——
なんとも言えない心の苦しさと、身体の不調が出てくるようになったのです。
その症状は年々強くなり、やがて私はカウンセリングを受けることになりました。
その時、私は26歳になっていたと思います。
そして初めて、自分の中で「父のしてきたことは“虐待”だった」と認めました。
それまでも、父から暴力を受けていたことは自覚していました。
でも、「虐待っぽいことがあった」とか、
「親も大変だったんだろう」と、自分の気持ちを曖昧にしてきたのだと思います。
けれど、カウンセラーに言われたのです。
「それは“虐待っぽい”のではなく、“虐待”です」
「アメリカであれば、親権が剥奪されるレベルの、命に関わる暴力です」
(当時夫の会社の転勤でアメリカに住んでおり、アメリカでカウンセリングを受けていました)
その言葉を聞いたとき、私はやっと決心できました。
**「子どもたちの教育環境を守るために、父とはもう会わない」「私の子どもを殴らせるわけにはいかない」**と。
それからまた18年。
私は今、ようやく母のしてきたこともまた、虐待だったのだと認めることができました。
私は母を遠く感じていたのは、父がいたからだ。
離婚して別に暮らす様になったのだからやっと私の方にも向いてもらえると思い、18年間母に思いが届く様に
何度も心が傷ついても伝えて続けてきました。
でも、母の子としての想いは届かなかった。
——40歳を過ぎて、やっと受け入れました。
私はいま、線維筋痛症という病気とともに生きています。
その痛みが少しでも軽くなるように——
私は、ずっと求め続けてきた「母の愛情」を、手放すことを決めました。
どんなに求めても、それはもう届かない。
父だけでなく母もだったなんて、子どもとして産まれた私には認めることは苦しい事です。
でも、待ち続けている限り、私の心も身体も、ますます苦しくなる一方です。
私は大切な子どもたちを持つ母親です。
だからもう、望めない愛情を求めて自分を傷つける生き方をやめます。
これは、私自身が幸せになるための決意です。
これから少しずつ、過去を整理し、気持ちを書き記していこうと思います。
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