『北朝鮮を知り過ぎた医者 国境からの報告』
TKのえだは-こ

(ノルベルト・フォラッツェン)



フォラッツェン医師の、1999年7月から

2000年12月の国外退去までの北朝鮮での記録と、

日本人読者のために書き下ろした

続編「国境からの報告」からなる

詳細な北朝鮮レポート。




このフォラッツェンっていう人は、

ちょっとバイタリティが溢れ過ぎてる

困ったおっさんのようだった。




●「ドイツ緊急医師団」として北朝鮮に入ったんだけど、

医療機器が不足する病院で火傷を負った子供を目にして

つい自らの皮膚を移植。

  ↓

●その件で北朝鮮政府から「友好メダル」を贈られて

特例的に外国人が立ち入れない地域まで入れるようになる。

  ↓

●するとそれをタテにアチコチ入っちゃう。

  ↓

●そこで国民の窮状を目にして政府を批判しまくり

  ↓

●案の定、国外追放に

という具合に、とにかく

思いついたら行動せずにはいられない人。 

そのパーソナリティのせいか、内容の割には

あんまり堅苦しい空気を感じることもなく、

スラスラと読むことができた。



この本の中では北朝鮮の様子が語られているのだが、

彼が最終的に出した結論は現状では、

外国からの援助は仲介する役人の中抜きが激しく、

それらを本当に必要としている人には

決して渡らないようになってるから、

現政権を転覆させるしかないというものだった。



例えば 1999年から2000年にかけての冬、

北朝鮮を襲った水害を考慮して、ケルンの

カップ・アナムーア本部は北朝鮮の84万人の幼稚園児のために

服を配ろうという計画を立てた。


  ↓

しかし北朝鮮は資金500マルクを現金で請求

  ↓

援助資金がピンハネされる現状を知っていた

フォラッツェン氏らはこの「申し出」を断る。

  ↓

すると北朝鮮側は中国の業者を「紹介」してくる。

しかしそれは北朝鮮が経営する偽装業者。

  ↓

カップ・アナムールの女性スタッフがその申し出を断ると、

北朝鮮は彼女を即刻任務から外すよう要求。

さらに中傷し、脅しをかけてきた。

  ↓

とてもじゃないが援助を受ける側の

役人の態度とは思えない。

それでも女性スタッフはなんとか セーターを用意。

  ↓

ビックリ最終手段

北朝鮮側はできあがったセーターに

値札をつけ、特権階級に売る。

とまぁ、万事この調子で、外国からの援助は

決して困窮している北の国民の手に

渡ることはなかったそうだ。

こうした北朝鮮の状況にあきれたフォラッツェン医師だったが、

真に驚いたのは彼が国外追放されてからだった。



韓国のジャーナリズムは北の実情を知りたがると思っていたのに、

北の民衆の窮状を訴えても、

韓国の報道は皮膚移植をした「友好メダル物語」に終始し、

国内2大放送局はそれ以外の情報を流すことを拒否したのだ。

『タイム』や『ニューズウィーク』などの

国際的な雑誌が彼の話を取り上げてから

ようやくメダル以外の話も取り上げられたが、

それでも記事の肝心の部分が削られたりしたそうだ。

これでは「まるで北朝鮮と変わらないではないか」と

フォラッツェン医師は本著を締めている。



思えば2000年前後と言えば、

時は太陽政策を推進する金大中政権時代。

半ば公然と北朝鮮へと裏金が流れ、

その見返りとして金大中と金正日の首脳会談が実現し、

金大中にノーベル平和賞が贈られたというご時世である。

さもありなんという気にはさせられる逸話だった。