京都市伏見区の桂川河川敷で2月1日、近くの無職片桐康晴被告(54)=承諾殺人罪で起訴=が、認知症の母親を殺害して無理心中を図ったとみられる事件で、介護の心労をつづった数枚のメモが見つかった。最後に書き残した言葉は「土に返りたい」。介護保険制度や相談窓口を利用していたが、追いつめられた心境は誰にも気付かれなかった。

 雨が降りしきる早朝。河川敷の木の下で、車いすに座ったまま死亡している母親が見つかった。毛布がかかった遺体のそばに、刃物で自分の首を傷つけた片桐被告も倒れていた。

片桐被告が母親と無理心中を図ろうとした河川敷(2月1日午前10時40分、京都市伏見区)
不安、苦しみのメモ
 かばんに残されていたメモには、父親の死後約10年間、相談相手がいない不安感や疲れ、経済的苦しみが記されていた。また▽市販のおにぎりの包み紙も食べる▽深夜、15分ごとに起きてはいかいする-など、母親の深刻な症状も説明してあった。

 関係者によると、片桐被告は昨夏に仕事をやめた。週2回ほど、特別養護老人ホームのデイサービスを利用しながら自宅で介護に専念した。生活保護を受けようと区役所へ2度申請したが、失業給付金の受給などを理由に基準を満たさず断られた。そして昨年末、母の体調不良を伝え、ホームにも顔を出さなくなった。

 心配した担当のケアマネジャーが訪問したのは皮肉にも事件前日だったという。玄関前に雨でぬれた傘が立ててあったが返事はなかった。ホームの施設長は「面会を拒否されれば、どうしようもない。個人情報の関係で無理に本音も聞き出せない。閉じこもってしまった本当の理由はわからないまま」と漏らす。

実態の把握難しく
 
ケアマネジャーに頼りがちな行政にとって、制度のはざまで暮らす人たちの実態把握は難しい。自分から助けを求められない介護者にも目が行き届かないのが現状だ。

 京都市上京区の「呆け老人をかかえる家族の会」京都支部の荒綱清和代表も認知症の母を介護した。言うことを聞かない母に憎しみを込めて尻をたたいたことがある。その後、排せつ物の世話のたび、尻に浮かぶピンク色の手形を見て自分を責めた。「むなしさで涙がこぼれた。こういう悩みは他人には話せない」。

親身に耳を傾けて
 
2000年4月に介護保険制度が始まり、従来の措置制から契約制に変わった。利用者に選択の自由がある一方、公的責任は後退していないだろうか。制度開始後も「介護殺人」は絶えず、日本福祉大の加藤悦子講師によると、1998年からの6年間で200件近くあるという。

[京都新聞 2006年3月1日掲載]




この事件は個々人の問題で内容に思う。
同じ区内の事件だから・社会福祉学部だから・・・そんなことではない。
防ぐことができた事件なのではないかと強く思うのである。

近所付き合いはありますか?
都市化、核家族が進み、昔のように近所付き合いが無くても何不自由なく暮らすことのできる社会になった。
所謂、地域(社会)関係の希薄化である。
確かに、近所付き合いが無くても今の僕らは困ることは無いだろう。
しかし、
その楽観的な考えが今回の事件を生み出す一つの要因にもなっているのではないかと思うのである。
誤解があるかもしれないが、この事件の原因が近所の住民にあったと言うわけではない。
ただ、何らかの“発信”は出ていたのではないかと思うのである。
それをしっかり“受信”“キャッチ”する人がいなかった(少なかった)。
非常に残念なことである。

個人的にこの記事を見て思うのは、
事件前日に救うことののできる“最後のチャンス”がケアマネにはあった。
「個人情報の関係」…ん~。。。
このケアマネを非難しているのではないが・・・。

制度…つまりハード面の整備(より良い)を行うことは、行政として当たり前のことである。
ただ、同時にソフト面も重要視しなければならない。
それは、私達一人ひとりに関わることである。

今日の公判で、懲役3年が言い渡された。
人を殺すことはいけない。
ただ、今回の事件は。。。
次回の公判、少なくとも執行猶予がつくことを願う。
そして、今後このようなことがあってはならない。
それは願うだけではなく、私達個々の積極的な気持ちで防止できることなのかも知れない。
…防止できることである。と少なくとも僕は考える。