今日という日【1月12日】
■スキーの日
1911年1月12日。
オーストリア陸軍のレルヒ少佐が、新潟県高田(現:上越市)の陸軍高田歩兵58連隊の青年将校に、日本で初めてスキーの指導を行ったことに由来し、スポーツ用品メーカー・ミズノの直営店・エスポートミズノが1994年に制定した。
レルヒ少佐は、日本陸軍の中将である「長岡 外史」が率いる陸軍第13師団の御用商人でもあり、高田町を本拠にする実業家である「五十嵐 辰豊」の経営する旅館「高陽館」に寄宿し、高田歩兵58連隊に着任した。
また、五十嵐は自身が経営する「報国商会」を介して、スキーの製造・宣伝活動・スキー音頭や高田小唄を作り高田芸鼓連にスキー踊りを教えるなど、スキーの全国認知に積極的に活動した。特に信越・関東・東北・北海道のスキーの普及に大きく貢献したといわれる。
今日という日【1月11日】
■塩の日
1569年1月11日(旧暦)。
「敵に塩を送る」という言葉の語源となった戦国時代の武将、「上杉謙信」と「武田信玄」の故事に由来する。1569年1月11日(旧暦)、「上杉謙信」の助けにより「武田信玄」のもとに塩が届いたという。
内陸国である甲斐(現:山梨県)の「武田信玄」と日本海に面した越後(現:新潟県本州部分)の「上杉謙信」は当時交戦中であった。その最中、当時甲斐に塩を供給していた駿河(現:静岡県の大井川の左岸で中部と北東部分)の今川氏は武田氏と反目し始め、甲斐への塩の輸出を絶ってしまう。それを知った謙信は、永禄11年1月11日(旧暦:1569年1月11日)に、越後の塩を送ったとされている(が、これはただ単に武田氏との物資のやり取りの禁止をしなかっただけとも言われている。)。
塩を送った謙信の行為は高く評価され後世に伝わる。ここから「敵に塩を送る」(敵対する相手に援助を差し伸べること)という言葉が生まれた。
長野県松本市中央の本町にはその時塩を積んだ牛をつないだという「牛つなぎ石」が残っている。