さま~ばけーしょん
『スタート』
ども!TK89です。
いやぁ~暑いですね。僕は昨日からいよいよ夏休みに入りました。初っ端から飛ばし過ぎて、ちょいと寝不足気味。
というのも、連休前の金曜日の夜、新人歓迎会と上司の誕生日会を合わせた飲み会。その後、スポーツバーでサッカー五輪代表の3位決定戦を観戦予定ってことで、時間を潰しに2軒目で飲み直しぃ~の、カラオケへというコース。で、スポーツバーへ。もうね、着いた時にゃ結構飲んでたし、眠たかった。席は予約してたから、良かったけど、サッカーを真剣に観たかったら、やっぱりスタジアムに行くか、TVで観戦してた方がイイね。日韓戦自体、全く面白くなかったし、周りの連中は、「ニッポン!!」ってどんなタイミングでやねんボケっ!!って感じだったし。イライラさせられるだけだったからね。
帰るときには、すでに周りは日差しがまぶしくて、久々のオール。ヘロヘロになりながら帰路へ。
で、土曜日はそのまま寝られたら良かったんだけど、名古屋ドームで仕事だった。家に着いて、着替えて、また会社へ。そして現場へ。今回は営業に行くとかではなく、まとまった商談後の設置作業のお手伝い。昼過ぎに終わる予定だったのに、結果、17時。体、ボロボロ。曜日感覚がズレ出した。
こんな感じで夏休みがスタート。
今日はこれから実家に帰ります。
有意義で楽しい夏休みにしたいなぁ~!
チャオ!
ども!TK89です。
いやぁ~暑いですね。僕は昨日からいよいよ夏休みに入りました。初っ端から飛ばし過ぎて、ちょいと寝不足気味。
というのも、連休前の金曜日の夜、新人歓迎会と上司の誕生日会を合わせた飲み会。その後、スポーツバーでサッカー五輪代表の3位決定戦を観戦予定ってことで、時間を潰しに2軒目で飲み直しぃ~の、カラオケへというコース。で、スポーツバーへ。もうね、着いた時にゃ結構飲んでたし、眠たかった。席は予約してたから、良かったけど、サッカーを真剣に観たかったら、やっぱりスタジアムに行くか、TVで観戦してた方がイイね。日韓戦自体、全く面白くなかったし、周りの連中は、「ニッポン!!」ってどんなタイミングでやねんボケっ!!って感じだったし。イライラさせられるだけだったからね。
帰るときには、すでに周りは日差しがまぶしくて、久々のオール。ヘロヘロになりながら帰路へ。
で、土曜日はそのまま寝られたら良かったんだけど、名古屋ドームで仕事だった。家に着いて、着替えて、また会社へ。そして現場へ。今回は営業に行くとかではなく、まとまった商談後の設置作業のお手伝い。昼過ぎに終わる予定だったのに、結果、17時。体、ボロボロ。曜日感覚がズレ出した。
こんな感じで夏休みがスタート。
今日はこれから実家に帰ります。
有意義で楽しい夏休みにしたいなぁ~!
チャオ!
今日という日【8月12日】
■君が代記念日
1893年8月11日。
この日、文部省が訓令「小学校儀式唱歌用歌詞並楽譜」を布告し、小学校の祝日大祭日の唱歌に「君が代」など8曲が定められたことを記念。
「君が代」は、明治維新後の1880年に曲がつけられ、以後は国家として扱われるようになった。1999年に国旗及び国歌に関する法律で正式に国歌に制定された。元は平安時代に詠まれた和歌。
この国歌のテーマは皇統の永続性であり、歌詞は10世紀に編纂された「古今和歌集」に収録されている短歌の一つ。元々は年賀のためであったこの歌は、鎌倉期・室町期に入ると、おめでたい歌として賀歌に限られない使われ方が始まり、色々な歌集に祝いごとの歌として収録されることになる。仏教の延年舞にはそのまま用いられているし、田楽・猿楽・謡曲などには変形されて引用された。一般には「宴会の最後の歌」「お開きの歌」「舞納め歌」として使われていたらしく、「曽我物語」の曽我兄弟や「義経記」の静御前などにもその例を見ることができる。
江戸時代には、性を含意した「君が代は千代にやちよにさゞれ石の岩ほと成りて苔のむすまで」(「岩」が男性器、「ほと」が女性器を、「成りて」が性交を指す)に変形されて隆達節の巻頭に載り(同じ歌が米国ボストン美術館蔵「京都妓楼遊園図」上にもみられる)、おめでたい歌として小唄、長唄、浄瑠璃、仮名草子、浮世草子、読本、祭礼歌、盆踊り、舟歌、薩摩琵琶、門付等にあるときはそのままの形で、あるときは変形されて使われた。
1893年8月11日。
この日、文部省が訓令「小学校儀式唱歌用歌詞並楽譜」を布告し、小学校の祝日大祭日の唱歌に「君が代」など8曲が定められたことを記念。
「君が代」は、明治維新後の1880年に曲がつけられ、以後は国家として扱われるようになった。1999年に国旗及び国歌に関する法律で正式に国歌に制定された。元は平安時代に詠まれた和歌。
この国歌のテーマは皇統の永続性であり、歌詞は10世紀に編纂された「古今和歌集」に収録されている短歌の一つ。元々は年賀のためであったこの歌は、鎌倉期・室町期に入ると、おめでたい歌として賀歌に限られない使われ方が始まり、色々な歌集に祝いごとの歌として収録されることになる。仏教の延年舞にはそのまま用いられているし、田楽・猿楽・謡曲などには変形されて引用された。一般には「宴会の最後の歌」「お開きの歌」「舞納め歌」として使われていたらしく、「曽我物語」の曽我兄弟や「義経記」の静御前などにもその例を見ることができる。
江戸時代には、性を含意した「君が代は千代にやちよにさゞれ石の岩ほと成りて苔のむすまで」(「岩」が男性器、「ほと」が女性器を、「成りて」が性交を指す)に変形されて隆達節の巻頭に載り(同じ歌が米国ボストン美術館蔵「京都妓楼遊園図」上にもみられる)、おめでたい歌として小唄、長唄、浄瑠璃、仮名草子、浮世草子、読本、祭礼歌、盆踊り、舟歌、薩摩琵琶、門付等にあるときはそのままの形で、あるときは変形されて使われた。

