今日は何の日?【トリビアン】で雑学王 -114ページ目

8月18日の名言

運命は我々の行為の半分を支配し、

他の半分を我々自身にゆだねる。

ニッコロ・マキャヴェッリ

今日という日【8月18日】

■飛騨川バス転落事故

1968年8月18日。

飛騨川バス転落事故」は、岐阜県加茂郡白川町の国道41号において、乗鞍岳へ向かっていた観光バス15台のうち、岡崎観光自動車所有の2台のバスが、集中豪雨に伴う土砂崩れに巻き込まれて増水していた飛騨川に転落し、乗員、乗客107人のうち104人が死亡した事故。日本のバス事故史上における最悪の事故となった。

犠牲者となった観光バスの乗客は、名古屋市で団地の主婦を対象に無料新聞を発刊していた株式会社奥様ジャーナルが主催し名鉄観光が協賛した「海抜3,000m乗鞍雲上大パーティ」というツアーの参加者だった。お盆休みの週末という日程と、乗鞍岳からの御来光や北アルプスのパノラマ、飛騨高山の観光を手軽に楽しめる家族旅行むきの企画ということもあって、申し込み数は主催者側の予想を上回る人気で、名古屋市内の団地を中心に750人以上の応募が集まった。

当時は気象警報の発表をリアルタイムで知ることが困難だった。ただし、国道の危険箇所への行政の対応は万全とはいえなかった。生存した運転手たちは、地元消防団の警告無視など業務上過失致死の容疑があるとして書類送検されたが、1972年、岐阜地裁は、消防団の警告に従わなかった運転手の判断に誤りはあったものの、災害回避に全力を尽くしたなどの理由で無罪の判決を言い渡した。主催者「奥様ジャーナル」社長の状況判断も裁判で問われたが、結局は明確な結論は出せなかった。
偶発的な誤った判断に伴う人災に、悪い偶然が重なるという、自然災害によってもたらされる大惨事にありがちな悲劇だった。

1969年8月18日、一周忌を迎えて事故現場近くの国道41号脇に慰霊のため「天心白菊の塔」が建立された。題字は当時の内閣総理大臣であった「佐藤 榮作」による。

昭和43年8月17日夜半から18日未明にかけてこの中濃地方を襲った豪雨の為、41号線上で避難していた観光バスが、山間から流出してきた土石流に押し流され、濁流渦巻く飛騨川に転落水没し、一瞬にして命を奪われた104名の魂と、時を同じくしてこの地方で豪雨災害のため亡くなられた14名の魂を偲ぶために、全国からの浄財で建立された。

8月17日の名言

諸君が自分自身に対して

関心を持つのと同じように、

他人が自分に関心を持っているとは

期待するな。

バートランド・ラッセル