今日という日【3月9日】 | 今日は何の日?【トリビアン】で雑学王

今日という日【3月9日】

■明号作戦

1945年3月9日。

明号作戦」は、第二次世界大戦末期の1945年3月9日、フランス領インドシナにおいて、日本軍がフランス軍を攻撃し制圧した作戦。

1940年と1941年に、日本はヴィシー政権との協定に基づき、フランス領インドシナに軍隊を展開させた(仏印進駐)。その後の太平洋戦争中もフランスのインドシナ植民地政府が統治は続けており、軍事面では日本の印度支那駐屯軍とフランス軍が共同警備の形式をとっていた。フランス軍は大型艦艇の武装解除をされるなどしたものの、基本的には従来のままの戦力を維持。しかし、ヨーロッパ方面での枢軸国軍の戦況が悪化するにつれ、日本では外務省から、フランス植民地政府を解体してしまうべきだとの意見も出始めた。

1945年に入ると、フランスのヴィシー政権は崩壊し、太平洋における日本の敗色も濃くなってきた。「ジャン・ドクー」仏印総督は1944年2月18日の時点で、本国との連絡が途絶えた場合はペタン元帥から全権を与えられることとなっていた。

在インドシナのフランス軍が次第にドゴール寄りの行動を取り始めたことから、日本陸軍は、やがて上陸が予想される連合軍部隊との間で挟撃される可能性があると警戒し始めた。司令部は、フランス軍を武装解除する作戦計画の検討を始め、これを最終的に「明号作戦」と命名。この間、第38軍司令官「土橋 勇逸」中将は、1944年末に行った会談での仏印側首脳の反応から、共同防衛は困難と判断していた。最後通牒としての要求事項は、1945年2月1日の最高戦争指導会議において決定された。2月28日、大本営は南方軍に対して、3月5日~10日の間に「明号作戦」を発動するよう命じた。大本営からの指示に基づき、土橋第38軍司令官は1945年3月9日21時の作戦発動を決めた。