今日という日【2月14日】 | 今日は何の日?【トリビアン】で雑学王

今日という日【2月14日】

■近衛上奏文

1945年2月14日。

近衛上奏文」は、太平洋戦争末期の1945年(昭和20年)2月14日に、「近衛 文麿」が昭和天皇に対して出した上奏文のこと。

近衛は上奏において敗戦必至であるとして、ソビエト連邦と共産主義革命への警戒と共に、国体護持のために英米との早期和平を主張した。また、この戦争は軍内の革新派の一味による陰謀だと主張し、和平の妨害、敗戦に伴う共産主義革命を防ぐために、この一味を粛清し軍部を立て直すべきだと主張した。そのためには軍の人事を行う必要があったが、昭和天皇は「もう一度、戦果を挙げてからでないとなかなか話は難しいと思う」と答え、近衛の提案は実行されなかった。

「近衛上奏文」で最も着目されているのは、国内情勢の分析で、多くの研究において共産主義革命への恐怖心と、軍部の革新派を主体とする陰謀論とがその特徴として指摘されている。近衛は「二・二六事件」など1930年代中期のテロやクーデターの観察により軍部内の共産化を憂慮しており、1940年(昭和15年)には日中戦争の長期化で革命必至との認識を持っていた。太平洋戦争末期にはこの認識を共有する者が多く現れるようになった。さらに、この認識は軍部の革新派による陰謀論へと転換された。この陰謀論は事実とは異なっていたが、軍部への不信感や「殖田 俊吉」の影響により、近衛は確信を持つに至った。また、1941年(昭和16年)9月から翌年4月にかけて「リヒャルド・ゾルゲ」を頂点とするソ連のスパイ組織、「ゾルゲ機関」が摘発されており、近衛内閣のブレーンとして活動した「尾崎 秀実」も逮捕されている。「藤田 尚徳」侍従長(上奏当時)は「ゾルゲ事件」の近衛の対共産党政策への影響を指摘しているが。この事件が陰謀論を生む背景になった可能性も否定できない。陰謀を強調したことに政治的意図を見出す見解もある。

なお、「ゾルゲ事件」で逮捕された、「尾崎 秀実」は、「敗戦革命論」に沿う形で日中戦争を強力に推進する論陣を張った近衛のブレーンでコミンテルンの工作員であり、また、近衛自身も首相として、1938年(昭和13年)に中国国民党政府との和平交渉を打切り、「爾後國民政府ヲ對手トセズ」とする第一次近衛声明を国内外に発表するなど、日中戦争の拡大と長期化、日米戦争を導いたことについての重大な責任を負っている。

国際情勢の分析においては、ソ連への警戒を強く打ちだし、ソ連を通じた和平交渉に否定的であった。米英の戦争目的が軍部の解体にあり、国体にはないことを認識していたために、近衛は米英との直接交渉を望んだのであった。こうした分析は当を得ていたといわれる。