今日という日【6月6日】 | 今日は何の日?【トリビアン】で雑学王

今日という日【6月6日】

■日本サッカーリーグ発足

1965年6月6日。

日本サッカーリーグ」は、日本サッカーの競技レベル向上を目的に発足した「社会人」サッカーリーグの名称。略称はJSL
日本における団体競技の全国リーグはプロ野球(1936年に第1回開催)以来31年ぶりの新設であり、アマチュアを対象としたものはこのリーグが日本初。

サッカー日本代表コーチを務めた「デットマール・クラマー」の残した「リーグ戦形式にしなければ日本の強化には成らない」との提言から、サッカーリーグ創設の動きが本格化し、社会人クラブの強豪「古河電工」「三菱重工」「日立本社」を中心とする8チームが参加し、国内初のサッカー競技のリーグ戦が開催されることが決定した。
この3チームは「丸の内御三家」と呼ばれ、リーグの運営や日本代表の強化方針に対して後々まで強い発言力を持つに至った。当初は社会人だけでなく大学チームの参加も検討されていたが、諸事情により実現しなかった。

第1回大会は1965年6月6日に開幕し「東洋工業」が初代王者に輝いた。最終節で優勝を決めた東洋工業監督の「下村 幸男」が胴上げされたのは、広島大学附属高校のグラウンドであった。
1960年代後半から1970年代前半にかけては、1968年の日本代表のメキシコ五輪銅メダル獲得もあり注目を集めた。その中でも「釜本 邦茂」を擁する「ヤンマーディーゼル」と、「杉山 隆一」を擁する「三菱重工」は実力と人気を二分した。しかしその後の日本代表の成績不振もあり、1970年代中盤以降は観客動員の低迷が続き冬の時代とまで呼ばれた。

1980年代に入ると「読売クラブ」や「日産自動車」といったプロ化を視野に入れたチームが台頭し、1986年のスペシャル・ライセンス・プレーヤー制度の導入以降はこの2チームがタイトルをほぼ独占。この両者の対戦はサッカーファンの人気を集め、最後のシーズンとなった1991-92シーズンの第21節、1992年3月22日に国立霞ヶ丘陸上競技場で行われた試合では6万人の観衆を集めた。

この背後ではプロ化へ向けての動きが着々と進み、1989年にプロリーグ検討委員会が発足。1991年11月に社団法人日本プロサッカーリーグが正式に発足すると1992年3月29日の最終節をもってJSLは廃止され、「日本プロサッカーリーグJリーグ)」と下部組織の「ジャパンフットボールリーグJFL)」へ発展解消されることとなった。