今日という日【6月5日】
■講道館開かれる
1882年6月5日。
「嘉納 治五郎」が東京下谷稲荷の永昌寺に柔道場(後の講道館)を開いた。1909年には財団法人となり、段位の発行、大会開催、講習会、機関誌の発行、書籍の刊行など柔道普及のための諸活動を行っている。柔道の総本山。
体の弱かった「嘉納 治五郎」は当身技・固技に優れた天神真楊流柔術を「福田 八之助」、「磯 正智」に学び、後に投げ技中心の起倒流柔術を「飯久保 恒年」に学んだ。それらを独自の理論で整理、体系化を図り、「道」は根本で「術」はその応用である、という考えから「術」ではなく「道」を講ずるところとして、名称を「柔術」から「柔道」と改めた。
世界の柔道の統括団体である国際柔道連盟も、規約第1条で、「嘉納治五郎によって創設された心身の教育システムであり、かつオリンピック種目としても存在するものを柔道と認める」と規定している。

1882年6月5日。
「嘉納 治五郎」が東京下谷稲荷の永昌寺に柔道場(後の講道館)を開いた。1909年には財団法人となり、段位の発行、大会開催、講習会、機関誌の発行、書籍の刊行など柔道普及のための諸活動を行っている。柔道の総本山。
体の弱かった「嘉納 治五郎」は当身技・固技に優れた天神真楊流柔術を「福田 八之助」、「磯 正智」に学び、後に投げ技中心の起倒流柔術を「飯久保 恒年」に学んだ。それらを独自の理論で整理、体系化を図り、「道」は根本で「術」はその応用である、という考えから「術」ではなく「道」を講ずるところとして、名称を「柔術」から「柔道」と改めた。
世界の柔道の統括団体である国際柔道連盟も、規約第1条で、「嘉納治五郎によって創設された心身の教育システムであり、かつオリンピック種目としても存在するものを柔道と認める」と規定している。