今日という日【5月14日】 | 今日は何の日?【トリビアン】で雑学王

今日という日【5月14日】

■紀尾井坂の変

1878年5月14日。

紀尾井坂の変」は、内務卿「大久保 利通」が東京府麹町紀尾井町清水谷(紀尾井坂)で不平士族6人によって暗殺された事件。「紀尾井坂事件」「大久保利通暗殺事件」ともいう。

5月14日早朝、大久保は福島県令山吉盛典の帰県の挨拶を受けている。話は2時間近くに及び、山吉が辞去しようとしたときに大久保は三十年計画について述べている。これは明治元年から30年までを10年毎に3期に分け、最初の10年を創業の時期として戊辰戦争や士族反乱などの兵事に明け暮れる時期、次の10年を内治整理・殖産興業の時期、最後の10年を後継者による守成の時期として、自らは第2期まで力を注ぎたいと抱負を述べるものであった。

午前8時ごろ、大久保は麹町区三年町裏霞ヶ関の自邸を出発。明治天皇に謁見するため、二頭立ての馬車で赤坂仮皇居へ向かう。午前8時30分ころ、紀尾井町清水谷(紀尾井坂付近。現:参議院清水谷議員宿舎前)において、暗殺犯6人が大久保の乗る馬車を襲撃。日本刀で馬の足を切った後、御者の「中村 太郎」を刺殺。次いで乗車していた大久保を馬車から引きずり降ろそうとした。大久保は暗殺犯らに「無礼者!」と一喝したが、斬殺された。
介錯として首に突き刺された刀は地面にまで突き刺さっていた。『贈右大臣正二位大久保利通葬送略記・乾』によると大久保は全身に16箇所の傷を受けていた。そのうちの半数は頭部に集中していた。事件直後に駆けつけて遺体を見た「前島 密」は、「肉飛び骨砕け、又頭蓋裂けて脳の猶微動するを見る」と表現している。