今日という日【3月19日】
■名古屋駅炎上
1945年3月19日。
大東亜戦争(第二次世界大戦)末期、アメリカ軍が名古屋市に対して繰り返し空襲を行った。その総称を「名古屋大空襲」という。
1942年4月18日、名古屋に爆撃機2機による初の空襲があり、死者8人、負傷者31人の被害があった。
1944年7月、サイパン島などマリアナ諸島をアメリカ軍が制圧し、ここが以後の日本本土空襲の基地となり、同年12月13日には発動機生産高の4割以上を生産していた名古屋市東区大幸町の三菱重工業名古屋発動機製作所大幸工場(現:ナゴヤドーム及び名古屋大学大幸医療センター付近)に爆撃機90機による初の本格的空襲が行われた。
1945年には空襲も激化し、それまでは軍関連の工場や名古屋港などの産業施設へ通常爆弾による精密爆撃を中心に行われていたが、このころは焼夷弾を用いた市街地への無差別爆撃が始まり、3月頃からは深夜の空襲が多くなった。3月12日の夜、名古屋市の市街地に対する大規模空襲が行われ、市街の5%が焼失。
3月19日の午前2時頃、B-29爆撃機230機による名古屋市の市街地に対する大規模空襲が行われ、一夜にして151,332人が被災。死者826人、負傷者2,728人に上り、家屋39,893棟が焼失。中区、中村区、東区などの市中心部は焼け野原となり、1937年に竣工したばかりの6階建ての名古屋駅の焼け焦げた姿が遠くからでもよく見えたという。

1945年3月19日。
大東亜戦争(第二次世界大戦)末期、アメリカ軍が名古屋市に対して繰り返し空襲を行った。その総称を「名古屋大空襲」という。
1942年4月18日、名古屋に爆撃機2機による初の空襲があり、死者8人、負傷者31人の被害があった。
1944年7月、サイパン島などマリアナ諸島をアメリカ軍が制圧し、ここが以後の日本本土空襲の基地となり、同年12月13日には発動機生産高の4割以上を生産していた名古屋市東区大幸町の三菱重工業名古屋発動機製作所大幸工場(現:ナゴヤドーム及び名古屋大学大幸医療センター付近)に爆撃機90機による初の本格的空襲が行われた。
1945年には空襲も激化し、それまでは軍関連の工場や名古屋港などの産業施設へ通常爆弾による精密爆撃を中心に行われていたが、このころは焼夷弾を用いた市街地への無差別爆撃が始まり、3月頃からは深夜の空襲が多くなった。3月12日の夜、名古屋市の市街地に対する大規模空襲が行われ、市街の5%が焼失。
3月19日の午前2時頃、B-29爆撃機230機による名古屋市の市街地に対する大規模空襲が行われ、一夜にして151,332人が被災。死者826人、負傷者2,728人に上り、家屋39,893棟が焼失。中区、中村区、東区などの市中心部は焼け野原となり、1937年に竣工したばかりの6階建ての名古屋駅の焼け焦げた姿が遠くからでもよく見えたという。