今日という日【1月2日】
■ナイロンザイル事件
1955年1月2日。
「ナイロンザイル事件」、もしくは「ナイロンザイル切断事件」は、日本の登山者がナイロン製のザイルを原因として死亡した事件。
前穂高岳東壁を登攀中の岩稜会(三重県鈴鹿市:石岡繁雄会長)の3人パーティの1人、若山五郎(当時三重大学1年生)が50cmほど滑落、頭上の岩にかけた1t以上の引っ張りに耐えるというメーカー保証つきの新品8mmナイロンザイルがショックもなく切断、墜死した。
この切断に端を発した問題は、「ナイロンザイル事件」に発展、社会に知られた。「井上 靖」は小説「氷壁」の素材としてこの事件の初期段階を書き、上高地、さらに上高地梓川上流にある徳沢に多くの人が訪れるきっかけとなった。
ザイルメーカーは公開実験を行うも、岩角に丸みをつけ実験を行い、ナイロンザイルは麻ザイルに比べて数倍も強いという誤りの結果が得られ、そのような報道がなされた。この公開実験以後、岩稜会は自分達のミスをナイロンザイルのせいにした、という記事が山岳雑誌、化学学会誌で報じられた。
日本山岳会は1956年版「山日記」に、この偽りの公開実験のデータを基にしたナイロンザイルの強度に関する記述を掲載。岩稜会は、「これらの記述は、登山者の生命を危険にさらすことになるので、訂正するべきである。岩角でのナイロンザイルの弱点を明白に認めないと、安全対策は生まれない」との立場から日本山岳会、山岳関係者に問題を提起、訴えを続けたが、日本山岳会からは無視され続けた。
その後もナイロンザイルが切断する登山事故は相次いだ。
1973年6月、ようやく岩稜会の長年にわたる主張が認められ、消費生活用製品安全法が制定され、登山用ロープ(ザイル)が同法の対象となった。安全基準の実施後、日本山岳会は1977年版「山日記」に、1956年版「山日記」の記述で多くの人に迷惑をかけたとして、21年ぶりに実質的に訂正となる「お詫び」を掲載した。
2007年、「石岡繁雄が語る-氷壁・ナイロンザイル事件の真実」が刊行された。同書は、「氷壁」がフィクションであるのに対し、小説には書かれていなかった多くの事実が詳説されたドキュメントである。後半には、資料編として専門的な論文・資料がある。