今日という日【10月17日】 | 今日は何の日?【トリビアン】で雑学王

今日という日【10月17日】

■日本人留学生射殺事件


1992年10月17日。


アメリカのルイジアナ州バトンルージュにAFSを通じて留学していた日本人の高校生「服部剛丈(はっとりよしひろ)」(当時16歳)が、寄宿先のホストブラザーとともにハロウィンのパーティに出掛けた。しかし、訪問しようとした家と間違えて別の家を訪問したため、家人「ロドニー・ピアーズ」(当時30歳)から侵入者と判断され、「スミス&ウェッソン社製の44マグナム装填銃」を突きつけられ「フリーズFreeze動くな」の意)」と警告された。しかしながら服部は仮装の際にメガネを外していたため状況が分からず、「パーティに来たんです」と説明しながらピアーズの方に進んだところ、玄関先、ピアーズから約2.5mの距離で射殺された。


ピアーズは、日本の刑法では傷害致死罪に相当する計画性のない殺人罪で起訴されたが、同州の東バトンルージュ郡地方裁判所陪審員は12人(白人10人、黒人2人)全員一致で無罪の評決を下した。評決の理由は裁判において、明らかにされていない。ルイジアナ州の法律では、屋内への侵入者については発砲が容認されているが、服部は屋内に入っていない。ただし、裁判では、服部が屋内に入ったとの証言があった。この裁判の場合、傷害致死罪を適用するのは最初から無理があり、無罪評決は正当防衛を認めたものか、傷害致死罪の構成要因を満たしていないと陪審員が判断した結果なのかは不明である。評決後の陪審員の記者会見の「外国人が米国の制度に口出しをするのが不快だった」という言葉に見られるように、過剰防衛という刑事上の問題を銃規制という文化批判にすり替えてしまった遺族側の失策に起因するとも考えられる。

この後行われた、遺族が起こした損害賠償を求める民事裁判では、刑事裁判とは正反対の結果となった。ピアーズが家に何丁も銃を持つガンマニアであり、しばしば近所の野良犬や自宅敷地内に入ってきた犬猫を射殺しており、当日は酒に酔っていたことなどが実証されたため、正当防衛であると認められないとして65万3,000ドル(およそ7,000万円)を支払うよう命令する判決が出され、同州高等裁も控訴を棄却したため確定した。ただし、ピアーズは自己破産をしたため免責となり、実際の支払いはほとんどなされていない模様。


服部の両親はAFSと友人たちの協力で「アメリカの家庭からの銃の撤去を求める請願書」に署名を求める活動を開始、1年余りで170万人分を超える署名を集め、1993年11月、当時のアメリカ大統領「ビル・クリントン」に署名を届ける為に面会した。服部夫妻がワシントンD.Cに滞在していた間に、アメリカにおける銃規制の重要法案であった「ブレイディ法」が可決された。